私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
三階建ての建物の外で、ゆりとヤーセルは待機していた。
どこの町でもそうだったが、民家は二階建てか屋根裏つきの平屋が基本で、それ以上となると高くても五階建てまでだった。
四階建てと五階建ては滅多に見なかったが、三階建ての建物は割合多く見かけた。その殆どが商売をしている店だったが、この建物もそれと同じだった。ここは、宝石商だ。
セシルと雪村は宝石商の中にいた。
宝石を金に換金する場合、カウンターの奥にある応接間には、一人ないし二人までしか入れないのだそうだ。
雪村はヤーセルとゆりが二人になることを少し心配したようだったが、セシルが絶対に手を出すなと真言を放ったため、安心した様子でセシルについて行った。
本当はゆりが誘われていたのだが、ヤーセルに訊きたい事があったため、残る事を選んだ。
ちなみに、結とゼアは宿探しに向っている。
セシル一行は泊まらず、換金を終えた後すぐに出立するので、ゆり達の宿探しになる。
ゆりは、ちらりとヤーセルを窺い見た。
日の光の下で見るヤーセルは、存外整った顔立ちをしている。
「あの、ちょっと良いですか?」
「なんだ?」
不機嫌な声音のヤーセルに少し脅えながら、ゆりは切り出した。
「あの、三条一族って、なんなのでしょうか?」
「あ? オマエ、三条じゃねえの?」
目を丸くして、素っ頓狂な声を上げたヤーセルに、ゆりは苦笑しながら答えた。
「違います」
「ハァ……マジか。――でも、あの結ってガキと雪村って小僧はそうだろ?」
「みたいですね」
ヤーセルは怪訝な表情を浮かべた。
だったらオマエは何者だ? なんで一緒にいるんだ? とでも訊きたげだが、ヤーセルは何も訊かない。
ぽつりと息をついたので、面倒くさくなったか、興味を失ったのかも知れない。
「三条はな。通称、ワホって言われてんだ」
「渡歩って、国を持たない者の事なんですよね?」
「そういう意味もあるな。つーか、本来そっちの意味だな」
投げるように言って、ヤーセルはゆりを見据えた。
その瞳はどことなく、面白がっているようにも見える。
「嬢ちゃん。知らないなら知っときな。三条一族がどんなに恐ろしいかをな」
「恐ろしい?」
「三条一族は代々、国を持たずに放浪してきた『戦闘一族』なんだよ」
「……戦闘?」
「そうだ。今は功歩に長々といるが、元は一つのところに長く留まる事はしなかった。傭兵として雇われ、仕事が終わるとさっさと別の国に行って、またそこで雇われて人を殺す。もちろん、戦でな。前の雇い主の国だって平気で滅ぼそうとする。その冷徹さ、圧倒的な強さで、三条はこう呼ばれる――渡り歩いて、害をなす者『厄歩』」
ヤーセルは得意げに言って、ゆりを指差した。
「あの小僧は俺の部下どもを殺しもしねえ、甘ちゃんみてえだがな、一族全体でみたら、俺なんて足元にも及ばねえくらいの畏怖の象徴であり、嫌われもんさ」
にやりと笑んで、ヤーセルはぽつりと付け足す。
「ただ、畏敬でもあるんだな。これが」
「どういうことですか?」
「三条一族は生まれる者全てに結界能力が備わってんだよ。そんな事ありえねえだろ? そんでもって、すっげー強いってんで、戦好きのやつとか、軍関係者の間じゃ、三条と戦えるのは誉れってのがあんだよ」
「そうなんですか……」
(雪村くんと結、風間さんはそんなにすごい人達だったんだ)
意外に思いながら、ゆりは石壁に寄りかかった。
どことなく淋しいような気がしたし、実感が湧かないような気もした。
少しだけ遠い目をしたゆりに、ヤーセルはぽつりと呟いた。
「オマエと、坊ちゃんは変わってるな」
「え?」
「いや、なんでもねえよ」
おどけたように言って、ヤーセルは目を細めた。
ゆりにはヤーセルが、初めて優しげに笑ったように感じられた。戸惑いながら首を傾げる。
そこに、換金を終えたセシルと雪村が宝石商から出てきた。
セシルは満足そうに満面の笑みを湛えていた。
「どうでした?」
「上々よ」
弾む声で言って、セシルはヤーセルに目線を移した。
「ゼアは?」
「さあな」
「待たせたな」
肩を竦めたヤーセルの背後から、タイミングよく結とゼアがやってきた。
「結、宿見つかったか?」
「はい。今すぐに行きましょう」
急かした結を一瞥して、雪村はセシル達を振り返った。
「じゃあ、寂しくなるけど、ここまでだな」
「そうね」
「遊びに来てくれよな」
「ええ。必ず行くわ。ゆりも、またね」
「はい。――また」
再会までに自分はこの世界にいるのだろうか――一瞬そんなことが過ぎったが、ゆりはにこりと笑った。
帰る事は諦めてはいなかったが、セシルにまた会いたい気持ちは嘘ではなかったからだ。
二人は固く握手を交わして、セシルが優しくゆりを抱きしめた。
「本当に、また会いましょうね」
「――はい」
切なげにセシルが囁いて、ゆりは小さく頷いた。
そうして、セシル達とゆり一行は別れたのだった。