私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
「ありがとな」
町の手前で荷台から降りた雪村は、隊商一行にお礼を言って、御者の男と握手をかわした。
「ありがとうございました」
ゆりもお礼を言って、結は軽く会釈した。
男はにこっと笑って手を振り、隊商は町に入らずに緩やかな丘を下っていった。
「さて、行くか」
あくびまじりに雪村は言って、ゆりと結は小さく頷いた。
門の前には、ユルーフの町で見たのと同じ紅蓮の甲冑を身に纏った憲兵がいて、彼らの前に台があったので、ゆりはてっきりまた入国証を見せるのだと思ったのだが、憲兵は雪村の顔を見るなり驚いた表情を浮かべた。
「これは、三条殿。お帰りなさいませ!」
勢い良くお辞儀をした憲兵は、恐れいう感じではなく、むしろ尊敬して言ったようだった。
「よっ! ご苦労様」
雪村はにこやかに笑うと、軽く手を振って歩き出したので、ゆりもその後を追って町へ入った。
「ねえ、入国証はいいの?」
「主は、この町の領主だからな」
「……え!?」
目を見開いたゆりに、雪村は苦笑しながら慌てて付け足した。
「俺は数年前に継いだばっかだから。その前はオヤジが領主だったし、今の仕事も殆どは風間がやってるんだ。俺は大概遊んでばっかかな」
「なんだ……。私が言うのもなんだけど、もうちょっとしっかりした方が良いよ。せっかく見直したのに、なんか残念だよ」
「え!? いや、えっと、してるしてる! 仕事めっちゃしてる!」
「主、嘘、すぐバレる。やめとけ」
「……うっ!」
結にツッコまれて雪村は苦い顔をし、ゆりはそんな雪村がおかしくてくすくすと笑った。
「いや、あの……」
慌てふためいて、何か言い訳をしたかったらしかったが、何も思い浮かばなかったのか、雪村は肩を落としてしょぼんとした。
ゆりはその姿を見て更に笑ったが、今度はおかしくてというよりは、可愛いらしいと思って、思わず笑ってしまった。
町は坂の起伏が激しい地形だったが、大通りは緩やかな石坂で進み易い。ゆり達一行は大通りの途中にあった小道を曲がった。
小道は階段のようになっている段だら坂で、途中のある一角で急斜になっていた。
ゼェゼェと肩で息をつきながら急斜面を上りきると、ゆりの目の前に城が現れた。
「着いたよ。大丈夫?」
雪村が労わるように言ってゆりは頷きかけたが、次の瞬間驚きの声を上げた。
「え!? もしかして、ここが雪村くんの家なの?」
「そうだよ。一応、領主だからな」
あっけらかんと言った雪村の横で、結が深く頷く。
ゆりは、半ば呆然としながら、城を見渡した。
玄関は木製の扉になっており、黄金色の竜の紋章が絵が描かれていて、その上には細長く、巨大なステンドグラスがはめ込まれていた。
尖がった屋根は城の四隅についていて、そのいずれにも、旗が掲げられている。二つは赤い旗。二つは黒い生地に、白いカラスのような絵が入った旗だった。
灰色の石で出来た城は古城という感じだが、それでもお伽話に出てくる城のようだったからか、ゆりは瞳を輝やかせた。
槍を持った門番がこちらに気づくと、彼らは敬礼をし扉を開けた。
「お帰りなさいませ!」
「うん。ただいま」
軽く言って、雪村は振り返った。
「谷中さん、入らないの?」
「えっ、あ、うん」
恐れ多いような気持ちでゆりは兵士にぺこりと頭を下げて、城の中へと足を踏み入れた。