私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
三階の廊下の中腹に、黒々とした頑丈そうな扉があった。鉄で出来ているのだろうか、重工な厚みが見受けられる。
雪村はその扉を叩いた。
「オヤジ。いる?」
「おう。雪村か。入れ」
扉の奥から、しゃがれた声が響いた。雪村が扉を押し開けて入室する。
その後にゆりが続き、軽くお辞儀をしながら部屋へと入ると、その部屋は意外なことに和室だった。
洋間の床に畳を敷いて和室にしてあって、ステンドグラスの窓の前に立っていた男性が振り返った。
初老の男性は着物を着ていた。彫りの深い顔立ちで、青い瞳をしている。スキンヘッドの頭を日差しが僅かに反射していた。
腕には少し変わった猫を抱いている。猫は白くて毛が長く、耳が大きく尖っていた。
「そちらのお嬢さんは?」
訝しがった男性に、ゆりは慌ててお辞儀をした。
「初めまして。谷中ゆりです」
「おお。わざわざどうも。三条家元頭首、間空(かんすけ)だ。皆からはオヤジと呼ばれているので、貴女も良かったらそう呼んでやってくれ。息子の雪村が道中迷惑をかけたんじゃないかね?」
間空は少し厳つく見える見た目とは違い、優しげに目元を細めたので、ゆりはほっと息をついた。
「いえ。そんなこと。雪村くんのおかげで早くつけましたし」
「そうかい」
「そんなことよりさ。彼女を元の世界に帰す方法知らない?」
不躾に尋ねた雪村を間空はどことなく呆けたように見た。
間空はゆりが異世界から来た事を知るはずがないので、ゆりは唐突な質問に驚いたのだろうと思ったのだが、間空の表情は合点がいったものに変わった。
「ああ。やはり、彼女が魔王であり聖女(アリア)なんだな、雪村」
「まあ、そうだけど。それで彼女を元の世界に帰してあげたいんだけど」
あっさりと言った雪村に、間空は驚いて目を丸くした。
そして、何かの感情を抑えるようにぐっと喉を鳴らし、猫を床に下ろす。
「すまんが、谷中さんと言ったかな」
「あ、はい」
「結と一緒に出てくれるかな? ――結。彼女を部屋へ御案内してさしあげろ」
「はい」
ゆりの返事を待たずに間空は結にそう命じて、結は静かにゆりの腕を取って退室を促した。
ゆりは戸惑いながら部屋を出たが、扉が閉ざされた途端、雷が落ちたような怒号が室内から響き渡り、思わず身を縮めた。
仰天したのも束の間、今度は雪村の対抗するような大声が室内から響いてきた。
両名とも何を言っているのか閉ざされた扉からでは判別が出来なかったが、言い争っているのだけは、はっきりと認識できた。
「ケンカ?」
呟くと、結が握ったままだったゆりの腕を引いた。
「気にするな。いつものコトだ。そのうちオヤジ様の説教で終わるだろ」