私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

「このっ、大馬鹿者!」
 血管が切れそうなほど、つるっぱげた頭を赤くしながら怒鳴り散らした間空に、一瞬だけ身を縮めて、雪村はムッとした様子で間空に向き直る。

「んだよ! デケー声出すなよ! びっくりするだろー!」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い! このドラ息子!」
「はあ!?」

 カチンと来て、雪村は歯をむきながら思わず一歩踏み出したが、間空は間空で興奮冷めやらず、歯軋りを響かせながら足を地面に叩き付けた。
 暫く睨みあった両者だったが、間空が大きく息を吸って怒りを吐き出すように、息を吐き、畳を指差した。

「座れ。雪村」
「……ちぇ」

 雪村は不服そうに畳の上に正座した。
 それを見届けて、間空も雪村の正面に腰を下ろす。

「雪村。分かっているだろうが、お前は三条家頭首なんだぞ。いつも言っているが、自覚を持て。――封魔書や先祖の手記は読んだのか?」
「読んでないけど」
「いつになったら読むんだ」

 呆れ果てた間空に対し、雪村は口を尖らせて姿勢を崩す。
 片膝をついて、膝の上に肘を乗せて頬杖をついた。

「だって俺、穴蔵嫌いなんだよ。本ばっかあるじゃん」
「当たり前だろうが! その書を読めと言ってるんだ。この馬鹿者!」

 畳を打ち付けながら間空は怒鳴り、まいったように呆れ果てたため息をついて顔を覆う。その様子を見届けながら、雪村はあっけらかんとした声音を出した。

「大体は憶えてるって。あれだろ、何年か前にオヤジが言ってた三条の過去ってのが載ってるやつだろ?」
「では、何故三条が流浪の民、渡歩になったのか言ってみろ」
「……えっと……?」

 間空は抜き打ちのように尋ね、雪村は首を捻り、へらっと笑う。その調子の良さに、間空は深くため息をついて叱りつけた。

「ほら、まったく憶えてないではないか! お前というやつは……何時になったら頭首の自覚を覚えるんだ」
「……なんだよ。別に、俺頭首になんかなりたくなかったし。風間に任せてればいいじゃんか」

 口を尖らせながら拗ねた雪村だったが、はたと閃いて指を鳴らした。
「――そうだ! 風習なんて辞めにしてさ、風間が頭首になれば良いんだよ! だろ?」
「……お前は……!」

 間空はまたぐっと怒りを留める様に顎を引いた。
(あ、まずい)
 雪村は間空の雷を察知してすくっと立ち上がり、駆け出した。

「このっ、馬鹿者っ!」
 間空の雷が落ちると同時に、雪村は扉へと手を伸ばす。
「待て! この馬鹿息子! また逃げる気か!」
 間空の怒号は、扉に閉ざされて、雪村の耳には言葉を成さない叫び声としか届かなかった。
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