私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 三条邸に戻るさいに、ゆりは風間から意外な話を聞いた。
「え? あのお城って名前あるんですか?」
「ええ。センブルシュタイン城と言います。功歩ではその名で通ってますから、三条の屋敷と言う言い方はしない方が良いでしょうね」
「そうなんですか」
「ええ」
 風間は微笑して軽く頷き、続けた。
「そもそも、あの城は仮宿のようなものですから」

 遠い目をした風間は、どことなく寂しそうに見えた。
 そこでふと、ゆりは三条一族が厄歩だということを思い出し、故郷がどこにもないというのは、寂しいものなのかも知れないと、少し胸が痛んだ。
 それを察したのか、風間は笑んで、声の調子を上げた。

「谷中様は、クラプションには慣れましたか?」
「あ、はい。だいぶ。結とも友達になれましたし」
「……そうですか」
「? ――はい」

 笑んだはずの風間の目が笑っていないような気がして、ゆりは不思議に思いながら頷いた。

「ところで、雪村様はどんな様子ですか?」
「雪村くんですか? えっと、相変わらず元気です」
「そうですか。それは良かった」
 風間は心底安堵して、胸を撫で下ろした。
「それにしても、見直しましたよ。雪村くんって、結構頼もしいんですね」

 ゆりは盗賊団に襲撃された事を話した。
 その表情は、本人は気づいていなかったが、綻んでいて、雪村に対して気を許している事を如実に現していた。
 風間はその内情を垣間見て、複雑な表情を浮かべる。
 なにやら思うところがあるようだ。

「ところで、風間さんはどうでした?」
「私ですか?」

 不意にゆりに尋ねられ、風間は我に帰って微苦笑した。
 ゆりはまったくそのことには気づかずに、小さく頷いて見せた。

「はい。確か永に行ってて、瞑を通ってきたとか書いてありましたけど」
「お読みになられたのですか?」
「はい」
「そうですか……なんだか恥ずかしいですね。主の心配ばかりして、とお思いになれらたでしょう?」
「そんなことないですよ」
 照れたように苦笑した風間に、ゆりは軽く手を振った。

「でも、永から功歩までって案外近いんですね」
「は?」
 きょとんとした顔をした風間につられて、ゆりもきょとんとした顔を返してしまう。

「だって、一週間くらいでしたよね。――あっ、でも目覚めたのが同じくらいだとしたら、私達も村からクラプションまで二週間くらいかかったんで、三週間くらいは経ってるんですね」
 一人で納得したゆりに一瞬苦笑を返して、風間は視線を前方に移した。

「永から功歩までは、確かに海を行けば陸から行くよりも早く着くでしょうね。ですが、今は運行していないので、私は陸路で瞑を経由してきました」
「そうなんですか」
「ええ。歩きだけだと、半年くらいはかかってしまうんじゃないでしょうか」
「そんなに!?」
 驚いたゆりにこくんと頷いて、風間は続けた。

「ええ。ですが、通常は四足竜という大型の乗り合い竜車に乗るのが一般的ですね。そうすれば、瞑から功歩までなら一ヶ月というところでしょう。永からだと船に乗ったりしなければならないので、もう少しかかるでしょうね」
「船かぁ……乗ってみたいなぁ」
「そうですか」

 目をキラキラさせたゆりに、風間は苦笑を送った。その笑みはどことなく苦虫を噛んだように苦々しく感じられて不思議に思ったが、ゆりはそれを胸に閉まい、聞き返しはしなかった。

「じゃあ、四足竜に乗ってきたんですか? ――あれ? でもなんか計算が合わないような?」
 首を傾げたゆりに、風間はくすっと笑って説明した。

「永から瞑までは六日程で着きました。幸い近い場所に落ちていたようですから。瞑からはラングルを使ったので、三週間しないうちに着けたんですよ。ここ、クラプションは瞑との国境にそう遠くないですから、喰鳥竜を使えば五日程でつけますしね」
「じゃあ、ラングルって速いんですね」
 感心したゆりに、風間は付け足すように言う。

「一人だったというのも大きいですね」
「一人?」
「自分だけならば、いちいち宿に泊まる必要はないので、飛ばせるだけ飛ばして、野宿したりもしましたからね」
「なるほど……」
(風間さんって案外ワイルドなんだな)

 ゆりは風間をちらりと見た。そのとき、風間が振り返って目が合った。にこっと笑う。
 掴まれたように心臓が高鳴って、ゆりは視線をパッと外した。

(やっぱり、風間さんってかっこいいなぁ……)
 弾んだ気持ちだったが、ふと影が落ちてきた。

(でも風間さんって、私を騙してたんだよね……)
 ゆりはもう一度風間を仰ぎ見た。が、彼ともう一度目が合うことはなかった。
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