私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
「もう、雪村くんしっかりしてよ!」
「ほへ~」
「ほへ~じゃないよ。もう、重い!」
ぶつくさと文句を言いながら、ゆりは結と酔いつぶれて寝てしまった雪村をかかえながら、薄暗い城の廊下を進んでいた。
「ねえ、結。雪村くん別宅に置いていっても良かったんじゃない?」
「ダメだ! 主を別宅になんて、失礼だ!」
「でも、重いよ」
「我慢だぞ。ゆんちゃん! ファイト!」
力づけようとした結に、ゆりはからかいの瞳を向けた。
「そりゃあ、結は嬉しいだろうけどさ」
「ち、違う! う、嬉しくなんてない!」
照れて真っ赤になった結を可愛いなと思いながら、ゆりがにやついた笑みを返したとき、廊下の丁字路になっている先から声が聞こえてきた。
「――では、御提案に乗らせて頂きます。そういう事なら、或屡様にも快諾していただけるでしょう」
風間の声だ――と、ゆりと結は雪村を挟んで顔を見合わせる。
「では、戯王には僕から連絡を入れておきますね」
(もう一人は誰だろう?)
ゆりは小首を傾げながら結を見ると、結は眉根を寄せて渋い顔で廊下の先を見つめていた。
「了承致しました。ありがとうございます。では、私はこれで」
風間が言って、歩き去っていく音が響き始めた。
ゆりはどうしたものかと結を見据えたが、結は廊下の先から目線を外さない。
「……まったく。開戦したいと仰る王を説得してまで同盟に行ったというのに、それも果たせず帰って来るとは、なんたる体たらくだろう。やっぱり――」
廊下の先の彼は独りごちて、歯切れ悪く終わらせた。
言葉尻から、ゆりの耳には彼が嘲笑的に笑ったような気がした。
「ゆんちゃん!」
「え?」
結が突然、密やかな声で咎める。雪村の腕を肩にかけたまま、ゆりを壁際に押しやった。それと同時に誰かが廊下を横切っていったのがゆりの目に映った。
暗くてよく見えなかったが、髪がランプに光って輝いて見えたので、もしかしたら官吏の誰かなのかも知れない。
「なんで隠れたの?」
その人物が立ち去ったのを確認した後、ゆりがそう尋ねると、結は不機嫌そうに口を窄めた。
「アイツ、厄介者だ」
「厄介者?」
「戯王の内偵だ――って、言っても公認だけどな」
「え?」
怪訝に首を傾げたゆりに対し、結は鋭い瞳で長く続く廊下を見つめた。
「三条がこの功歩にきてからずっと、王や大臣に三条の内情を報せる仕事をしてるヤツが居るんだ」
「それが、さっきの人?」
「その一人だ」
「でも、どうしてそんなこと?」
「結局、戯王も信頼してないんだろ」
険のある声音で言って、結は皮肉まじりに笑んだ。
「まあ、こっちもおんなじだ」
ゆりは、胸がざわつくのを感じた。
三条の人々の官吏への排他的な態度は、功歩への信頼のなさによるものだったのだ。
だが、ゆりには三条一族は功歩国を信頼していないというよりも、自分達以外を受け入れていないように感じられた。
そしてまた、功歩の人間も、内偵の制度や、町の者達の反応から分かるように、三条一族を本当の意味で受け入れてはいないのだ。
「でも……」
ゆりは思わず小さく呟いた。
雪村の寝顔を覗きこむ。
(――雪村くんは、違うんだな)
「どうしたのだ?」
「ううん。なんでもない」
訝しがった結に、ゆりは首を振った。