私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
翌朝、ゆりはベッドで仰向けになりながら両手を上に伸ばした。
指先を見やって、ふと昨日の事が過ぎる。
「三条家はいまだに食客扱いか……」
あの後、結に聞いた話によると、三条家は食客として招かれ、傭兵として戦争に参加し、領地を与えられながらも、表向きは未だに食客なのだそうだ。
「……なんだかなぁ」
ゆりは呟いてため息をついた。
やるせない気分で天井をまじまじと見つめる。
ゆりには、日本という国があって、当たり前に帰れる家があった。だが、この世界に来て、根無し草というものがどんなに寂しいものなのかを知った。
だが、この世界にはそういう者達が当たり前のようにいるのだ。
三条家、竜狩師、隊商、旅芸人、他にも難民などが居るのかも知れない。盗賊や山賊も国に認められないという点では同じなような気がした。
「アニキも、ヤーセル達も、こんな気分だったりしたのかな? それとも、生まれたときからそうだと、当たり前でなんとも思わないのかなぁ」
ぽつりと独りごちて、ゆりは上半身を起こした。すると同時に、ドアからノック音が聞こえた。
「はい?」
「……俺」
「雪村くん?」
「うん。入っていい?」
ゆりは無意識に姿勢を正して身なりを整える。
「――良いよ」
声を合図に開かれたドアから覗かれた顔は、情けない表情だった。
「ど、どうしたの?」
思わず声をかけると、雪村はいきなり頭を下げた。
「ごめん!」
「え?」
驚いて声高になったゆりに向って、雪村は窺うように顔を上げた。
「……昨日結と運んでくれたって聞いたんだ」
「ああ……なんだ。そのこと」
「ごめんな。俺結構強い方なんだけどさ」
「まあ、しょうがないよね。雪村くん相当飲んでたから」
ゆりは思い出して苦笑した。雪村は昨夜、宴会場で火果酒を浴びるほど飲んでは、部下達と無礼講だと言って騒いでいた。
普段は絶対にしないであろう部下達も、雪村と肩を組んで歌ったりしていて、その様を見た結が暴走しかけて会場は一時騒然となっていた。
「そういえば、結を止めに入ってた廉抹さんが、風間さんがいたら結と同じことしてたかもって言ってたね」
「まあ、確かに。結みたく感情的にはならないだろうけど、冷静な分怖いだろうな」
雪村が苦笑まじりに言うと、同時に笑いが漏れて、二人はくすくすと笑い合った。だが、雪村は不意に表情を曇らせた。
後ろ暗い感情が渦を巻く。それは嫉妬と不安だった。
雪村はゆりに表情を読み取られないうちに「じゃあ」と踵を返した。
ゆりは何気なくその背を見送った。