私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
「面を上げよ」
渋く、低く、平坦な声音に、風間は顔を上げた。
謁見の間にて跪いていた彼の目の前には、金の装飾を施した豪華な椅子に座った初老の男が目に入った。
彼は、功歩国の王――戯(ギ)王だ。第十五代戯王は、戦好きで知られ、好戦的であり、カッとしやすい性格であった。
「此度の一見、ご苦労であった」
「恐悦至極にございます」
「うむ。では、報告せよ」
「はい」
風間はうやうやしく頷いてみせて、横に置いていた巻物を跪いたまま差し出した。それを王の横にいた従者が受け取って、読み上げる。
「倭和政府にご助力願い、十青での協議に、美章から黒田ろく殿、千葉から毛利影也殿、岐附から花野井剣之助殿がおいでになり、話し合いがなされましたが、条約に快諾する者なし。今回は否決かというとき、ニジョウ一族が来襲、十青の協議会が襲われ、屋敷は全壊致しました。重役である黒田殿、毛利殿、花野井殿は我々と共に逃げ延びましたが、多くの従者を失いました。被害状況におきましては、以下の通りとなります」
読み上げた従者は、巻物を王へ献上した。王は巻物を見て、唸り声を上げる。
「うむ。ほぼ、壊滅と言える人数だな」
「兵を貸していただいたというのに、申し訳ございません」
「いやいや。それはしょうがないのではないかな。ニジョウに襲われたのだろう。散々だったではないか」
割って入った或屡に、一瞬だけ鋭い瞳を王は向けたが、うむと頷いた。
「確かに、或屡の言うことには一理あるな」
「これはこれは、恐悦にございますれば」
調子よく言って、或屡は床ついている膝に額がつくほど深々と頭を下げた。
「もう二、三、差し出がましい口を開いてもようございますか? 大君よ」
「よかろう。許可する」
王が大きく頷いて、或屡は、視線を風間へ向けた。その視線を背中越しに感じ取った風間は、静かに腹を括る。
「風間殿、私は少し疑問に思ったのだが、当初では倭和の首都、戸毘(とび)で協議会が開かれる予定であったのではないのかね? それを君が変更したと聞いたが」
風間は微笑みをつくり、振り返った。
「ええ。美章の英雄『悪軍師』、岐附の『不死将軍』、そして、こんな言い方をしては問題になるかも知れませんが、千葉の『事実上の王』と言っても過言ではない宰相の毛利様が、一同に介すのですから、密度の高い首都では密談になりません。必ず知る者の一人や二人は現れてしまうでしょう。新聞記者などに見つかっては破談になりかねませんからね」
「心配性な君らしい」と、或屡は柔らかく笑んで、口元を緩めたまま、細めた瞳を炯々とさせた。
「しかし、風間殿、君は大事な役者をもう二人忘れているよ。最強と謳われる君たち『厄歩』をね」
「とんでもございません。私どもなど、切れ者と名高い或屡様にかかれば一網打尽にやられてしまいます」
「――ふっ」
皮肉に皮肉で返した風間に、或屡は思わず苦笑を漏らした。
「双方とも化かし合いはそこまでにしておけ」
眉を顰めた王に、二人は向き直って深々と頭(こうべ)を垂れた。