私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
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報告を終えて風間が謁見の間を出たあと、王は跪いたままの或屡を凝視した。
「此度の件、どう見る?」
王は冷静な口調で或屡に問いかけた。
或屡は静かに顔を上げる。
「何やら不穏な空気を感じまする」
「申してみよ」
ぎろりと睨みを利かせた王に、或屡はごくりと唾を飲み込んだ。
「はい。快諾しないで渋るというのは、初回の協議ではよくあることです。そうしておいて、各々折どころをつけていったり、この要求だけは通そうと決めていたものを通せるようにする。――ですが、あの残虐非道の悪軍師がそうするのでしょうか?」
「やつはかなりの策士だと聴くが」
「はい。ですが、私は彼と戦った事のある青蹴氏に直接聞いた事があるのです。彼は、祖国や兵士を愛してはいない。駒としてみている、よく言えば合理的、悪く言えば、悪道、だが、兵士を育てるという立場においては、天才的な指揮官だ。そういう武将だと言っておりました」
「確かに、戦場に情はいらんからな。元来人間というものは、同属を殺すということを極端に嫌悪する生き物だ。それを、敵は獣だ。お前らの家族に害をなすぞ。人間ではなく、赤子を食う化け物だ。見れば殺したくなるおぞましい害虫だと教えていかなければならない。それが兵士を育てるということだからだ。――ふふっ。悪軍師とは、仲良くなれそうだ」
嬉々として、王は高らかに笑った。
「そうなのです。大君よ」
気持ち良く浸っていたところを揺り戻されて、王は少々不機嫌に応じた。
「何がだ」
「黒田ろく三関は、大君と同じく戦争を生きがいとしておるのです。それは、青蹴氏だけではなく、この功歩軍全兵士ならば口をそろえて言うでしょう――あの悪軍師は、功歩民を根絶やしにすることを望んでいるに違いないと」
「つまりは、お前はこう言いたいのだな。戦争を望んでいる者が、同盟条約など結びたがるだろうか。ましてや、憎む功歩国などと」
「御意にございます」
「だが、風間の書によれば『快諾する者なし』とあったぞ。お前もそう言ったが、要求を通そうとのことではなく、きっぱりと断るためだったのではないか」
「書状が届いたそのときに、断れば良いではないですか」
「一介の三関如きが、王の決定に逆らうと?」
王は鋭い声音と眼力で睨み付け、或屡は縮こまったように俯いていた頭をもっと下へと下げた。
「或屡。口を慎め」
王は苛ついたように、足を鳴らして或屡に向き直った。
ぎろりと睨みを利かせた王に、或屡はごくりと唾をのむ。
「申し訳ございません。平に、平に御容赦を」
這い蹲るように体制を崩した或屡に鼻を鳴らして、王は足を組んだ。
「面を上げよ」
或屡はほっとした面持ちで顔を上げ、立てひざを突きなおす。
「続きを申せ」
「ハッ。もしやの話ですが、風間殿は此度の件で喪った兵士達を見捨てたのではないでしょうか」
「なに?」
「ニジョウなるものが襲撃してきたか否かは倭和政府の対応によって明らかになるでしょう。もしも、その対応におかしなところがあらば、此度の件で集まった者達と何やら密約めいたものがあるのやも知れません。それを知られないためにニジョウに襲われたとする可能性もございます」
王は顎鬚を梳(す)いた。
「なるほどな」
或屡は僅かににやりと笑む。
「それに、以前より進言いたしておりました通り、やはり戦闘一族である彼らが王に進言してまで、同盟条約を結びに出るというのは些かおかしいと思い、戦時中まで遡り、調べたましたところ、奴らは怠輪国に赴き、彼の船で倭和国へ上陸している事が判明されました。その襲撃の折、倭和国の三関が一人行方不明になっているのですが、怠輪の船に乗せられるのを見た者がいるとか……」
不信感を掻きたてるような口調で告げた或屡に、王は同調するような瞳を向けた。
「では、三条一族は今回の会合に参加した者達やその国とだけでなく、怠輪や倭和とも手を組んでいると?」
「その可能性は否定できません。まだ組んでいるというわけではないのかも知れませんが、そうしたがっているのではないでしょうか?」
「おのれ……三条め、あの時、三条雪村の裏切りを不問にしてやったというに!」
怒りをあらわにし、吠えるように怒鳴った戯王を、作意的な瞳で或屡は見上げた。
「ですが、王よ。雪村をそう導いたのは風間である――という報告も上がっております」
「何?」
王は訝って眉を跳ね上げ、或屡は厭らしくにやりと笑んだ。