私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
「見えたか? あれが三条一族の風間だ」
風間が城を出て行く姿を或屡は、細長い窓の隙間から睨み付けた。
少し離れた隣の、同じく細長い窓から風間を窺い見ていた屈強な体つきの男が、片眉を吊り上げながら窓から離れた。
「あんな優男がねぇ。ま、頭首があんなんだからな。見た目と実力は違うってことかね」
呟いた男の髪が、窓から射していた陽光に反射して薄青く輝く。
「なんだ、三条雪村に会った事があるのか。ヤーセル?」
「いやぁ……どうだったかねェ。忘れたよ」
「相変わらず、いいかげんな男だ」
軽口を叩いたヤーセルに呆れた視線を投げて、或屡はソファにどかっと座って独りごちた。
「それにしても、風間がこの会合に出席してくれて良かったよ」
聞きつけたヤーセルが怪訝な顔をしたのを見てとって、或屡の後ろに控えていた針翔が答えた。
「風間殿は出張中である可能性もあったのですよ。その場合、廉抹殿から伝書が届いたでしょうが、彼は如何せん慎重な男でしてね」
「そう。私からこちらへ来いなどと書状を出せば、必ず返答は否だろうね。そちらの好きなようにしてくれと来るだろう」
「随分と根性なしなんだなァ」
ヤーセルが揶揄すると、或屡は嘲笑気味に笑んでかぶりを振った。
「そういうわけではない。あそこは徹底されているのさ。頭首や頭首補佐である風間以外が勝手に行動してはいけないのだよ。彼らには、風間が言い聞かせてあるのさ。自分がいない間に私から連絡があった際には、なるべく私に関わらない方向で進めて行けとね」
「随分と詳しんだな」
訝しがったヤーセルに或屡は不敵な笑みを浮かべたが、聞くのが面倒になったのか、ヤーセルはさっさと話題を変えた。
「――それで、俺になんの用だい?」
含んだように言って、或屡の向かいに座ったヤーセルは真剣な眼差しで或屡を見据えた。その後ろには、つまらなそうに腕を組んで仁王立ちをしているゼアの姿があった。
或屡は、自身の後ろに待機していた針翔に指で合図を出した。すると針翔は、ある巻物をヤーセルに手渡す。
ヤーセルはそれを開くと、一瞬だけ戸惑いの表情を見せた後、にやりと口の端を歪めた。
「へえ。面白い事考えたなぁ。或屡さんよぉ。だが、上手く行くのか?」
「上手くいく。王を抱き込めれば、すんなりと行くはずだ」
「だがよ。あの厄歩だろ?」
「大丈夫さ。彼らは全員が能力者なのだからね」
「……」
ヤーセルは、計画書である巻物にもう一度目を通した。
「アレを使うんだとしても、よく金が足りるなぁ。俺らからの献上金相当つぎ込むんじゃねえの? 俺だったらゼッテーヤダね」
「そのための貴様らだろうが。どこなりと安く買い叩くか、奪うかしてこい。それに、言ったであろう。王を抱きこむのよ。買い占めるのなら、その金は税金でまかなうさ」
「……ハッ!」
ヤーセルは噴出して盛大に笑った。
「そぉかい。オラァ、盗賊でよかったぜ」
あえぎながら言ったヤーセルは、息を整えて前のめりに体勢を崩した。
「ところで、どうやって渡歩の情報を手に入れるんだ?」
「……王に三条一族の様子を報告する官職に就いている者がいるのを知っているか?」
「さあ。そうなのか?」
首を捻ったヤーセルに或屡はこくんと頷く。
「伝告(デンコウ)と呼ばれるものなのだがね。彼は、王だけでなく密かに私にも情報を流してくれていてね」
「なるほどな。そいつから情報と、証拠を手に入れるんだな。さっきの詳しかったのも、ソイツからの情報ってわけだ」
「まあな。彼は中々優秀な男だよ。だが、証拠などあってもなくても良いさ。それらしいものさえあればな。彼もその辺は承知しているだろう。もしダメでも我々の仲間は彼だけではない。王都からの朗報を待つさ」
背もたれに寄りかかりながら或屡はにやりと不気味に笑み、ヤーセルもまた不敵な笑みを浮かべたが、どこか嘲笑的でもあった。
「――ところで、どうしてわざわざ厄歩にケンカふっかけんだい?」
「そんなこと、決まっている。私が返り咲くためさ。金だけでは不安でね。私はこんなところで終わる人間ではないのだよ。それにあの若造、風間は昔から気に入らんのでね」
語調を強くして、或屡は瞳をぎらつかせた。
「あの男は戦時中に大そう活躍してね。王にかなり気に入られていた。一方で頭首である雪村は王に嫌われているんだが」
「へえ。そいつぁ、どうしてだい?」
「仕事をしなかったからさ」
にやりと嘲笑した或屡を、ヤーセルは怪訝に見た。
「まあ、あの洟垂れ小僧はどうとでもなるさ。奴らさえいなくなればな」
どこか確信めいた強い瞳を、ヤーセルは素っ気無く返した。
「そうかい。じゃあ、うまく行ったら報酬は保障してくれよ」
「もちろんだとも」
或屡の返事を聞いて、ヤーセルは立ち上がった。
「例の物を集める前に、一仕事、忘れないでくれよ。ターゲットの顔は先刻確認済みだろ」
強い瞳で促す或屡を、ヤーセルは無関心な瞳で見返した。
「ああ」
ヤーセルの短い返事を聞き、お互い一瞥だけ送りあって、ヤーセルは退室し、ゼアもそれに続いた。