私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

「良い天気だなぁ!」
 雪村は大きく伸びをした。
 その後ろで、ゆりはくすっと笑いながら、斜め前にいる結を見て少しの罪悪感が湧いた。

「ちょっと寒いけどな!」
 元気良く言って、雪村が振り返る。
「そうだね」
 ゆりは軽く頷いて、目の前の景色に目をやった。

 山脈に囲まれた大きな湖が広がっている。
 ゆり達は、その湖が一望できる高い崖の上にいた。
 冷たい風が吹きつけてくるが、刺すような凛とした空気が、寒いはずなのに何故か心地良い。

「鬼の居ぬ間に出かけられて良かった」
「良いのか。そんなこと言って。風間さまにも廉抹さんにも怒られるぞ」
 嬉々として言った雪村に、結はわざと呆れた瞳を向けた。
「良いんだって。たまにはどっか出かけなきゃな」
 雪村は軽く言って流し、目の前の景色に向き直った。

 つい、数時間前のことだ。
 ゆりが部屋に居ると、雪村が遊びの誘いにやってきた。いつもならそこに廉抹が来るが、仕事で別宅へ行った隙をついて雪村がやってきたため、廉抹は現れなかった。

 ゆりが断ろうとした時、廉抹の代わりに結がやって来て、なら三人で出かけようという話になったのだ。
 ゆりは晴れない気持ちのまま湖を見渡した。
 空の青さを反映した湖は、どこまでも青く澄み渡っていて、曇天のゆりの心を少しだけ晴らした。

「ちょっとは元気になった?」
「え?」
 突然の雪村の問いに、ゆりははっと顔を向けた。

「なんかここんとこ、調子悪そうだったからさ」
 雪村はそう言って、はにかみながら頭を掻く。
 ゆりの心臓は嬉しさを感じて高鳴ったが、次の瞬間結が視界に入って、痛みが胸を突き抜けた。

「そ、そんなことないよ。――あっ、結。あれ見て!」
 ゆりは話題を変えて、遠くの山々を指差した。
「何か飛んでなかった?」
「そうか?」

 結は首を傾げて目を細めた。
 ゆりは苦笑し、雪村はどことなく寂しげな眼差しをゆりに送る。
 その視線を横に感じながら、ゆりは笑うしかなかった。
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