私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
昼過ぎに城へ帰り、騎乗翼竜であるラングルを門番に預けたときだった。
扉が開き、中から浮かない表情の廉抹が出てきた。
てっきり怒られると思ったのか、「いや! すぐ、書類に目ぇ通すから!」と、雪村が慌てて言い訳をすると、廉抹はそれを遮るように告げた。
「風間様から書簡です」
「え?」
雪村は怪訝に廉抹から巻物を受け取り、開いた。
「なんて書いてあるの?」
尋ねたゆりを一瞬切なげな瞳で見て、雪村は巻物をゆりへ渡した。
そこには、王の命で暫く出かけると書かれていた。
「どこ行くんだろうね?」
「さあな」
素っ気無く言って、雪村は腕を組んだ。
その態度にゆりは少し訝しんで首を傾げた。すると廉抹が硬い声音を出した。
「少し妙ではございませんか?」
「何が?」
雪村は眉を顰め、廉抹はちらりとゆりを見て、少し言い辛そうに声を低くした。
「書状の字が、いつもの風間様の字と少し違うような気がするのですが……」
「そうかぁ?」
雪村は訝りながら、ゆりの持っていた巻物を覗き込んだ。
黒髪がゆりの頬にそっと触れて離れる。ドキッと胸が高鳴って、ゆりは思わず息を止めた。
「変わんないと思うけど。それにほら、印だって入ってるじゃん」
雪村が指さした先には、風という文字の花押が押されていた。
ゆりの目には漢字で『風』と見えたが、本当は違う文字なのだろうなと、ふとゆりは思う。
(この人が生まれた世界の文字は、どんなものなんだろう?)
ゆりは雪村を見つめながら、初めてそんな事を考えた。
「それは、そうなのですが……。オヤジ殿にも見せた方が良いでしょうか」
渋った顔をした廉抹を見て、ゆりは少し心配になった。
そんなゆりの反応を見た雪村は、投げやりな態度で息をつく。
「別にいつもと変わんないって! オヤジにも見せる必要ないと思うけど」
「そうでしょうか……」
それでも渋るようにぽつりと零した廉抹だったが、雪村に「お前に任せるよ」と言われて、かぶりを振った。
「いえ。頭首の決定に従います」
それを聞いて、雪村は途端に渋面になる。
廉抹は会釈をして城の中へ消えた。
ゆりはちらりと雪村を見つめた。
「……大丈夫?」
「え。――何が?」
一瞬驚いた表情をして、へらっと笑った。
「ううん。何でもない」
ゆりは小さく首を振った。
それから三ヶ月経ち、秋から冬へと季節が移ろっても、風間は帰ってこなかった。