私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 ゆりは、城の一角にある丸い屋根の塔にいた。
 塔は、最上階が伝使竜の小屋になっている。

 螺旋階段を上りきり、息をつきながら回廊を行くと、その先に伝使竜を撫でている女がいた。見た目は少女に見えるが、彼女は立派な女性と言える年齢だった。
「アンリさん!」

 ゆりは彼女に駆け寄った。アンリと呼ばれた女は振り返って小さく手を振った。
 アンリは伝使竜の世話と、伝令係をしている功歩政府の役人であり、伝告の一人でもあった。
 アンリとは、ゆりが塔に出向くようになり親しくなった。

「風間さんから届いてない?」
 ゆりが尋ねると、アンリは小さく首を振った。
「そっか……」

 風間からはこの三ヶ月の間、一ヶ月に一度書簡が届いていた。だが、ゆりにはそのことが解せなかった。それは廉抹も同じなようで、ちょくちょくここに顔を見せては、ゆりと同じ質問をしていく。

「私も不思議に思ってるんです。風間殿って、出かけると必ず一週間に一度は頭首殿宛に書簡が届いていましたから。その殆どは頭首殿への心配事や、この街はどうだとか、お土産は何がいいかでしたが……」
「うん。私もそれが不思議なんだよね」

 ゆりは相槌を打って顎に手を当てた。
 そもそもゆりが何か変だと感じたのは、風間から最初の書簡が届いて一ヶ月以上経った頃だった。

 廊下を歩いていた時、ふと、クラプションについた日を思い出した。
 あの日、風間から書状が届いて、そこにはつらつらと雪村への心配事や瞑の街の様子が書かれていた。
 だが次に来た書状には、無事である旨しか書かれていなかったのだ。

「何か変ですよね」
「そうですね」

 アンリが頷いて、二人でう~んと唸ってしまう。
 そこに、声高な声が届いた。

「あれ? どうなさったんですか」
 二人が振向くと、手を振りながらリンゼがやってきた。
「リンゼさん」
 アンリが呟くように言って、ゆりが手を振り返した。

「アンリ、王都から書状届いてる?」
「あ、はい。今さっき届きました」
 少し慌てながら踵を返したアンリを、リンゼは引き止めた。
「ちょっと待って! これ、預かっておいてくれ」
 リンゼは長細い箱をアンリに差し出した。おそらく中身は巻物だろう。
「分かりました。リンゼさんの保管庫に入れておきますね」

 アンリは了承して箱を受け取ると、小走りで奥へと消えた。
 円周になっている小屋の奥には、書状を一時保管しておける部屋があった。部屋と言っても、小型のロッカーのようなもので、人が入れるスペースはない。
 去って行くアンリの背から目線を外して、リンゼはゆりに視線を送る。

「谷中様は、どうしたんですか?」
「風間さんから何か届いてないかと思って」
「ああ。今、確か王の命とかで出かけてるんですよね」
「みたいですね」
「でも、どうして?」
 リンゼはきょとんとした目を向けた。

「何か変だなって思って。風間さんってマメらしくって、雪村くんにすごい手紙送ってたみたいなのに、全然来ないから……」
「確かに以前はアンリが忙しなく頭首殿に書状を届けてましたね」
 リンゼは思い出したように言って、でも――と続けた。

「仕事が忙しくて送れないんじゃないですか? 潜入場所によっては頻繁に送れない事とかよくありますからね」
「そうなんですね」
「うん。だから、あんまり気にする必要ないと思いますけどね。僕は」
「そっか……」

 そうなのか、と納得はしたものの、廉抹が気にしている様子を考えるとやはり気になるものはある。

「もしかして、危険なところに行ってるんでしょうか?」
「さあ?」
 リンゼは首を捻って、気づいたように質問した。
「頭首殿はどうなんですか?」
「雪村くんは――」
 ゆりは少し言葉を濁した。
「あんまり気にしてないみたいです」

「そうですか。受け取る当人がそうなら、そんなに気にする必要もないんじゃないですかね」
「……確かに、そうですよね」
 ゆりは呟いて、頷いた。
 そこに、アンリが小走りで戻ってきた。

「リンゼさん、書状です」
「ありがとう」
 リンゼは書状を受け取って、浮かない顔のゆりを見て人懐っこく笑った。

「その内、ひょっこり帰って来ますよ。ね!」
「そうですよね。ありがとうございます」

 ゆりは明るくリンゼに笑みを返した。
 リンゼはまたにこりと笑って、踵を返した。
 その背をゆりは見送って、ふと視線をアンリに向けると、アンリはどことなく怪訝な表情を浮かべていた。

「どうしたんですか?」
「え? ああ……」
 一瞬ぽかんとして、気がついたように頷いた。
「最近、リンゼさん宛に書簡が多いんですよね。リンゼさんって、王都やサキョウに送る一方で、あんまり返信来た事なかったんですけど」
「へえ、そうなんですか……。リンゼさんってよくここに来るんですか?」
「ええ。しょっちゅう来られますよ」
「へえ」
 ゆりは、ふ~んと頷きながら視線を戻したが、もう、とっくにリンゼの姿は無かった。
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