私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 ゆりが塔を降りようと螺旋階段を下っていると、数段先に廉抹が上って来るのが見えた。
「廉抹さん」
 上から覗き込んで声をかけると、廉抹が振り仰いだ。
 ゆりは手を振って、駆け下りる。

「風間さんからまだ来てないみたいですよ」
「そうですか」
 廉抹は素っ気無く言って、くるりと踵を返した。

「やっぱり、廉抹さんも何か変だなぁって思ったんですか?」
 後ろから声をかけると、廉抹は振り返った。
「まあ。……あなたは何故気になさるんです?」

「ん~……。私は、手紙がなんか素っ気無いなって思って。アンリさんも前は雪村くん宛に色々書いてあったのになって言ってたし。でも、リンゼさんからあんまり手紙を送れないところにいるんじゃないかって聞いて、確かにそうだなって納得したんですけど。でも、それならそれで、危険なとこじゃないと良いなって、心配ですよね」
「そうですね」
 廉抹はまた素っ気無く言って、腕を組んだ。

「そういえば、結局オヤジさんには報せたんですか?」
「いえ。頭首が良いと仰ったので。ただ、オヤジ様が自ら噂を聞きつけて自分に尋ねられたので、答えはしましたが」

 廉抹は歯切れ悪く言った。それには三つの理由があった。一つは、王の命で暫く出かけると記してあった書簡が紛失した事だった。雪村は穴蔵を毛嫌いしていたので、雪村宛の書物は全て、彼の自室の金庫の中に保管するようにしていた。

 だが実際は、整理整頓が苦手な彼は、書簡を放り出しておく事がしょっちゅうで、書簡の紛失はよくある事だった。大体が彼に届く書簡は風間からで、機密文書などが雪村の元へ届くことはなかったので、今まではそれで良かったのだが、今回ばかりはしっかりと保管するように、廉抹は念を押して雪村に進言していた。

 それを受けて雪村は金庫に入れたと証言したが、実際は自身でも曖昧で、良く覚えていないらしかった。

 なので、その書簡を間空に見せる事が出来ず、口頭のみでの報告になってしまったことが、二つ目の歯切れの悪さの原因だった。

 三つ目は、廉抹が雪村にちゃんと保管するように念を押した事と関係がある。
 廉抹は、あの書簡に多大なる違和感を感じていた。それは、ゆりが気にするように文章が少ないという理由からではなかった。明確な違いがそこにはあったからだ。だが、それを廉抹が誰かに語る事はない。
 そんな事は露ほどにも知らないゆりは、会話の流れから、何気なく尋ねる。

「オヤジさんは何て?」
「……あなたに関係あります?」
 けんもほろろにばっさりと一蹴されて、ゆりは二の句がつげずに頭を下げた。

「……いえ。すみません」
「いえ。自分も言い過ぎました。すいません」
 ついキツイ言い方をしてしまったと、反省の念を込めて廉抹はゆりに頭を下げた。

「少し、神経質になっているようです」
「そうですか……」
「……風間さんが何故マメに伝書を送るのか知っていますか?」
「いえ。そういう性格なんじゃ?」
 廉抹はかぶりを振った。

「風間さんが送るのは、主のためなんですよ」
「え?」

「六歳の若さで頭首に選ばれたものですから、主は殆どクラプションを出た事がないのです。でも一度だけ、風間さんやお付きの者を伴って船旅に出た事があって。その楽しさを忘れられなかったのでしょうね。暫くの間、何故自分は出られないのだと拗ねていたんですよ。それを見かねて、風間さんが行った先々での街の様子や、お土産は何が良いかなどの伝書を送るようになったんですよ。まあ、当人は覚えてないかも知れませんけどね」

「そうなんですね」
 ゆりは感慨深く頷いた。
 二人は血の繋がらない兄弟だが、風間はもしかしたらずっと雪村のことを本当の弟のように思っていたのかも知れない。そう思うと、ゆりは少し腹が立ってきた。

「もう少し、心配しても良いのに」
「は?」
 ぽつりと呟いた言葉を拾われて、ゆりは慌てて手を振った。

「いえ、独り言です!」
「そうですか」
 訝しむ廉抹に苦笑を送って、ゆりは階段を下り始めた。
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