私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
* * *
「嘘だろ……嘘だ。――俺って、なんつーバカだよ!」
雪村は走りながら吠えた。
告白するつもりはなかった。ただ最近、風間の心配ばかりする彼女を見ていて不安が渦を巻いていた。だから、つい、不安と嫉妬が爆発して気持ちの栓が吹き飛んだ。
どんな状態に陥っても、どうになかるだろうという楽観主義は、初めての恋には通用しなかった。
雪村は走るスピードを緩めた。すでにセンブルシュタイン城は遥か遠くだ。雪村は、町外れの古びた家の壁にふらふらと背を押し付ける。
気づけば周りは、屋根が半壊している家や、外壁が汚れている家に囲まれ、路上はゴミで荒れ果てている。
「スラム街か」
いつの間にか北地区の奥まで走ってきてしまっていたらしい。
「どんだけ走ってんだよ。俺」
雪村は自嘲を零しながら座り込んだ。
「――主?」
不意に怪訝な声音が耳に届いて雪村が顔を上げると、正面の道に結が驚いた様子で立っていた。
「結。お前、どうしてここに?」
「主こそ。どうしてこんなトコに?」
「俺は……」
雪村は言い淀んで、立ち上がった。結は主の気落ちした様子に気づいて、口を若干尖らせてから、自分の話題へ持っていった。
「ワタシは、子供たちが病気の妹がいて、大変だと言ったので、持っていたおカネをあげたんだが、その後に道を歩いてたヤツから、アイツらは詐欺の常習犯だって聞いて、取り返しに来たんだ。でも、妹はいなかったけど、病気の母親はいたから……。黙って帰ろうと思って。ま、今回は許してやる」
結はわざと胸を張った。自分の失敗談をして、笑ってもらおうと思ったのだ。案の定、雪村は少しだけ微笑んだ。
「何言ってんだよ。――でも、そっか。結は、優しいな」
「……いえ」
結の胸は暖かいぽかぽかとしたものに包まれて、同時に、きゅんと苦しくなる。
「……俺さ。失敗しちゃったんだよな」
「失敗? そんなの、ワタシなんかしょっちゅうだぞ」
「いや。俺もしょっちゅうだけどさ」
雪村は苦笑して、顎を上げて結が隣に来るように促した。結は、緊張しながらも雪村の隣に立ち、壁にもたれかかった。