何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】


「知ってるじゃん!」
「え?」
「寂しいって気持ち知ってるんじゃん!だったら、それを言えばいいんだよ。」

その弾んだ声に、京司は思わず顔を上げた。
天音は京司の想像とは反して、何故か優しく微笑んでいた。

「…簡単に言うなよ。」

今まで、周囲の期待を一身に背負ってきた京司は、自分の母ですら、寂しいなんて言えなかった。

(いや、いつから言えなくなったんだろう…。それはきっとこの城に来てから…。)

「じゃあ、私に言って?」
「え…。」
「今みたいに、私に言ってよ。ね?」

天音が京司の顔をのぞきこんで笑った。

「…天音…。」

彼女はいつだって、人の心にずかずかと土足で踏み込んでくる。
固く閉ざされていたはずの、京司の心が、少しずつ変わり始めていた。

(もし、天音が妃になったら…。)

そんな考えさえも彼の脳裏をよぎる。

「ん?」
「俺の…。」

リーンゴーン
しかし、京司の言葉を遮るかのように、鐘の音が辺りに鳴り響いた。

「やっば!もう夕食の時間だ!」
「え…。」
「行かなくちゃ!」

(言えるはずない…。)

「ああ…。」
「また今度ね!」
「追い出されないように、がんばれよ!」
「うん!」

京司は、そう励ます事が、精一杯だった。
天音は京司が天師教だと知らない…。
だからこそ、こうやって何のためらいもなく、話せるのかもしれない。
だったら言えるはずがない、自分が天師教だなんて…。

自分が天使教だと知ったら、彼女は、やっぱり変わってしまうのだろうか?
そんな人間を、京司は嫌というほど見てきた。
京司もまた、そんな思いを残し、池に背を向け歩き始めた。

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