何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「あなた兵士さん?」
やっと意識がはっきりしてきた天音は、男を見てその一言を絞り出した。
しっかりと鍛えているであろうガッチリとした体型の男は、40代後半くらいだろうか。キリッとしたちょっと怖そうな顔立ちで、この城の兵士のまとう服とマントを身につけ、腰には剣を刺している。
「ああ、私はこの城の兵士だ。」
「ど、どうして兵士さんが、私を眠らせたりしたの?」
男は確かに怖い顔だが、心配そうに天音を見つめるその眼差しを見て、天音はその男を悪い人には思えなかった。
「本当にすまない。ただ、人に見られない場所で、君とちゃんと話をしたくて、あんな事をして君を連れ出してしまった。」
「え?ここは?」
「心配しなくていい、ここは城の中にある、今は使われてない部屋だ。」
どうやらこの部屋も、城の中のようだった。城の中という事に少し天音は安堵したが、見知らぬ兵士の男が、ただ妃候補の一人である天音と話をしたいなんて、いったい何の話なのだろうか?天音には全く見当がつかなかった。
「私の名は辰(たつ)。覚えていないか?天音。」
男は、天音の前に膝まづくように体制を変えて、天音と目線を合わせた。
「どうして私の名前…。」
天音は彼のその低い声が、確かに自分の名を呼んだ事に目を大きく見開いた。
「覚えていないか…。」
「えっと、どこかで…。」
彼が天音を知っているのは、確かのようだ。しかし天音は、全く彼の事を思い出せない。
それはまるで、青の時と同じだ。
天音はそんな自分に、少し違和感を感じ始めていた。
「私は、君のお母さんの事をよく知っている。」
「え…。」
天音は、まさか自分の日常で、もう耳にする事はないと思っていたその単語を耳にし、怪訝な顔でまた眉をひそめた。
「私は君のお母さんと親しかった。」
「私には、お母さんなんていない。」
天音は彼の言葉に被せるように、すぐにそう言い捨てた。
「え…。」
「だって…。」
天音は自分が今どんな顔をしているのか、想像もできないでいた。
だってこんな感情は初めてだ。
だからそっと俯いた。