何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「じゃあ、また変わるといいね。」
「え…?」
天音のその言葉に、青はその瞳を天音の方へと戻して、思わず声をもらした。
「青の好きだった頃みたいに。」
天音は、いつもとなんら変わらない声で、優しく青に語りかける。
天音にできる事は、今はそれしかない。
「…あの頃にはもう戻れない…。」
「え…?」
しかし青は、その瞳をすぐに伏せてしまった。
今日の青はやっぱりいつもより悲しげで、一筋縄ではいかない。
「姉さんは死んだんだ…。」
「…お姉さん?」
青がか細い声で小さくつぶやいた。
青の顔に浮かび上がったそれは、初めて天音が見た、青の悔しそうな、苦しそうな表情だった。
それは青の寂しさの要因の一つなのは、間違いないと天音は悟った。
「姉さんがいた頃は幸せだった。」
「今は?幸せじゃない?」
天音は少し動揺しながらも、青に寄り添うようにして、優しく語りかけた。
「もう、わからないんだ。」
「青…。ね、もう一度幸せ見つけよう。きっと見つかるよ。」
青がそんな悲しみを抱えていたなんて、天音は知らなかった。お姉さんの事があったから、彼は塞ぎがちだったのだろうか。
なんとか、彼のその苦しみを取り除いてあげたいけれども、何がしてあげられるのか、天音には見当もつかない。
「天音。ありがとう。ごめんね、こんな話。」
「いいんだよ。何でも言って。こんな広い部屋に一人でいたら、心も暗くなっちゃうよね!」
天音は、少しでも青の心を軽くさせられたらと、明るくそう言ってみせた。
「ねえ、青は、ここから出たくないの?」
そして天音は、ずっと気になっていた、核心をつくその質問に踏み込んだ。
どうして青は、こんな籠城のような場所に一人っきりでいなくてはいけないのだろうか。
「…僕は病気なんだ…。」
青がまた小さな声で、そうつぶやいた。しかし隣にいる天音には、はっきりと聞こえた。
「……。」
「だから…。ここからは出られない。」
青はまた力なく、そう言って俯いた。
「だったら、尚更外の空気吸った方がいいよ!あ、そうだ!今度うちの村においでよ!水もおいしいし、空気もすっごく綺麗だし!花だっていっぱい咲くんだよ!」
彼がどんな病気なのかはわからない。しかし、青のそんな暗い気持ちを、なんとかしたいと思って、天音は自分の村の事を話し始めた。
青がここから出たいと言ってくれるように…。
そう、きっとここから出れば、青は元気になるにちがいない。村の空気とヤンおばさんの牛乳を飲めば青の病気だってきっと…。そう自分に言い聞かせて。
「…行きたいな。」
青はまた、力ない声でポツリとつぶやいた。
「本当!じゃあ、約束だよ。」
天音は、青に少しでも生きる希望を見つけて欲しかった。それがどんな些細な事でも構わない。
そして、いつか一緒に村に行けたなら…。
「うん。」
青はやっと、少し笑顔を見せくれ、そしてまた、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ、天音。僕がこの城を離れる時は、僕の願いが叶う時なんだ。」
青は顔を上げて、また窓の外を見た。
「そうなんだ!」
青にも叶えたい何かがある事を聞いて、天音は少し安堵した。
彼にだって生きるための希望が、きっとあるはずだと。
「僕には願いがある。」
「じゃあ、その願いが叶ったら、青は幸せになれる?」
天音の真っ直ぐな瞳が青の横顔を見つめていた。
「うん…。」
しかしそれを青は、見て見ぬふりをしていた。