何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「私…。」
天音はすぐに足を止め、震える声を絞り出した。
泣かないつもりだった…。だって、すぐ帰ってくるんだから。
しかし、天音の目からは涙が一粒、また一粒と、とめどなく流れ落ちる。
そして、それを止める術など、彼女にはわからない。
なぜ、村を出る事がこんなに悲しいのか…?
それは、自分がよく分かっている。
やはり、強がっていても、不安は拭えなかった。
今まで一度も村を出た事のない少女が、一人、誰も知っている人がいない地に旅立つ事に、不安を感じないはずはない。
「———見ておる。」
その時、じいちゃんが、そっと天音の背中に語りかけた。
じいちゃんには、全てお見通し。
長年、天音と暮らしていたじいちゃんには、そんな天音の気持ちは手に取るようにわかるのだ。
「泣くな夕日が見ておる。」
凛としたじいちゃんの低い声が、天音の背中へと投げかけられた。
その声は、いつもの優しいじいちゃんからは、想像出来ない位の厳しい声。
じいちゃんは、優しい慰めの言葉を言う事は、決してしなかった。もし、そんな言葉をここで言ってしまえば、天音が振り向き、こちらへ戻って来てしまう。
じいちゃんは、決してそれをさせたくなかった。
まるでそれは、喝を入れるために、じいちゃんに背中を叩かれたようだ。
そんな錯覚に陥った天音は、涙を拭き、顔を上げた。
その瞬間、まぶしいほどの夕日の光が、天音の目に飛び込んできた。
「私…。この村が大好きだよ!!」
天音は後ろを振り向かず、村の外へと向かって、大声で叫んだ。
「すぐ帰ってくるね!いってきまーす!!」
そして天音は、村の外へと、勢いよく走り出した。
どこか寂しいこの気持ちを、振り切るかのように…。