何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「天音は妃にはなれないわ…。」
「じゃあ、星羅が妃になるんか?」

りんは間髪入れずに、星羅に尋ねた。りんはどこか引っかかっていた。
彼女が妃候補として、この城にやってきたその目的は、別にあるんじゃないのか…と。

「私は…。」

しかし星羅は、その問いに何と答えていいか分からず、その先が続かない。
その場しのぎの回答をここで言ったとしても、それは彼には通用しない。
星羅も、少しずつりんの事をわかり始めていた。彼だって同じ使教徒。きっと何か目的あって、この町にいるのは明らかだ。

「それに、星羅も京司の事、知っとんのやろ?」
「!?」

りんは何のためらいもなく、その名を口にした。
この時ばかりは、クールな星羅も大きく目を見開いて、ちらりとりんの方へと視線を送る。

「ほら、この前かずさが言っとたやろ、京司が天師教なのか?ってアレ。思いっきり星羅に向かって言ってたからなー。きっと、そうなんやろうと思って。」

あの一言だけで、りんは、星羅が京司の事を知っている。いや、何か関わりがある人間なんだと、直感的に感じていた。
やっぱり、りんの鋭い視点は、あなどれないと星羅は密かに感じていた。

「…あなたこそ、なぜその名前を?」

星羅もずっと気になっていた事を、ここぞとばかりにりんに尋ねた。
その名はもう、誰も知らないはずなのに、この前から、天音やりんは普通に彼の事を京司と呼んでいた。

「アイツがそう名乗ったからや。」
「…彼が?」
「そうや。自分の名前は京司やって。わい全然知らんかったわ。天使教に名前があるなんてな。」

星羅は、不可思議に感じ、眉をひそめた。
彼が簡単にその名を名乗るなんて、そんな事があるのだろうか?

『天師教に名前はない。彼の幼少期の名は玄武の宮。それでも彼は捨てられなかったのね…。』

そういえば、以前かずさもそんなような事を言っていた。

(彼はどんな思いでその名を口にしたのだろう…。)

星羅のその思いは、ますます強くなるばかり。
「わいは、あいつ嫌いやない!」
「え?」

りんは、唐突に、なぜか自信満々にそう言ってみせた。

「天師教っぽくない所がな」
「そう…。」

そう言ってりんは、また悪戯っ子のような笑顔を見せていた。
そんなに何度も、りんは京司と会っているのだろうか。と星羅はぼんやり考えていた。

「星羅には悪いけど、わいは天音が妃になると思うで!」
「…。」
「勘やけどな!」

そう言ったりんの顔に浮かぶ笑顔を、やっぱり星羅は、好きになれそうにはなかった。
今はまだ……。

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