何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「へー。コイって言うのかー。」
天音は、彼の事などそっちのけで、その初めて見た綺麗な鯉に興味津々で、釘付けになる。
まるで夕日のような真っ赤な鱗が水面に反射し、キラキラ光る様子は何時間でも見ていられる。
「鯉を知らないのか?」
そんな風に目を輝かせて鯉を見つめている少女を、彼は見たこともない生物を見るような目で見ていた。
「うん。私、田舎者だから!」
「田舎者…?」
天音は彼のその問いに、何ともあっけらかんと答えた。
その答えを聞いた彼は、また困惑の表情を浮かべた。
…そういえば、なぜこんな普通の少女がこの城の中にいるんだ?宮女じゃないのか?しかも自分に怖気づく事無く、ずけずけと魚の名前を聞いてくる…。
彼の頭には、そんな疑問が次から次へと湧いていた。
「あ、そうだ宿舎知らない?」
「宿舎?何の?」
「私、妃候補なの。」
「え…。」
彼は“妃候補”その言葉を耳にしたとたん、思わず目を見開き、固まった。
妃候補がこの城にやって来る。その話は彼も聞かされていたので、知っている…。
しかし…
妃候補が俺と普通にしゃべっている?
妃候補が田舎者?
妃候補が鯉を知らない?
妃候補が道に迷ってる?
次から次へと湧き出る疑問が、彼の頭の中をがぐるぐると回っていた。
「道に迷っちゃって。あー、でもすぐ覚えられるよねきっと!」
しかし、唖然とする彼に構うことなく、天音はぺらぺらと一人しゃべり続けた。
天音の辞書には、まだ遠慮や謙虚と言った文字はまだ載っていないらしい。
「きっと反対側だ。あっちを曲がるんだ。」
やっと正気を取り戻したの彼が、なんともマイペースに話し続けている天音を見て、やっと笑みをこぼした。
そして迷っている天音に、ちゃんと道を教えてくれた。
「そうなんだ。ありがとう。」
天音は、道が分かって、ホッとした表情を浮かべ、彼にお礼を言った。