何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「そんな風に言われたの初めてだ。」
そして天音は、キラキラした希望に満ち溢れた笑顔を彼に向けた。
彼はそんな天音に、ますます引き込まれていく。
「お前、名前は?」
そして彼の口は、自然とその言葉を紡いでいた。
もっと彼女の事を知りたい。その気持ちが自然とそうさせていたのだ。
「天音だよ。」
天音がまた、にっこりと柔らかく笑ってそう答えた。
「天音か…。いい名前だな。」
「うん。おじいちゃんが付けてくれた名前だもん。」
「そっか。」
「あなたの名前は?」
しかし、天音にそう問われ、彼は口を結び黙りこくった。
彼女は知らない…。彼がどこの誰なのか。どんな身分の者なのか。
ただわかっているのは、この城に住んでいる者という事だけ。この城には兵士もいる、政を行なう者もいれば、天使教の身の回りの世話をするために雇われた者達もいる。
そして、もちろん天使教の一族である皇族も…。
無知な天音が、彼がどこの誰なのか見当もつかないのは、当然のことだ。
「ん?」
天音は突然黙りこくった彼の顔を覗き込んだ。
「京司(きょうじ)…。」
彼は、気がつくと、とっさにその名を口にしていた。
「きょうじ!いい名前ね!」
「…ありがとう。」
天音は彼の名前を聞いて、また笑みをこぼした。
京司は、なんだか照れくさくて、とっさに下を向いた。
まさか、この名前をもう一度口にする日が来るなんて、思ってもいなかった。
そう、彼女には知られたくなかった。自分が何者なのか…。