何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「天師教。」
「母上…。」

その日の夕食後、皇后が珍しく京司の部屋を訪れていた。

「あまり食べていなかったようだけど…。」

皇后はあまり夕食を食べていなかった京司を心配して、彼に会いに来たのだった。

「何かあったの?」
「…。」

しかし京司は顔を伏せたまま何も答えないが、皇后にはわかっていた。
彼はおそらく、自分のせいで脱走者を出してしまった事を、気に病んでいるに違いないという事を。

「…石…。」

その時、京司がボソッと小さくがつぶやいた。

「え?」
「母上は俺が幼い頃、奇跡を呼ぶ石の話をしてくれましたよね。」
「…ええ。」

京司が言っているのは、この国の王家に伝わる石の伝説。
初代天使教の持っていた奇跡を呼ぶ石が、荒れた世を救い、平和へと導いたという、代々伝えられている伝説についてだった。
京司もまた、その話を幼い頃に母から聞かされていた。

「その奇跡の石があれば、今の世は変わるのでしょうか…。」

京司は遠くを見つめ、うわ言のようにつぶやた。

「天師教?」

皇后は、京司の今にも消えてしまいそうなそんな表情に、心配そうに彼を呼んだ。
京司は月斗を逃してしまった事、そして彼に言われた事によって、自身を失くしかけていた。

「俺の力なんかじゃ…。」
「天師教…。その石は、今はどこにもない。その奇跡の石は、昔から王家に伝わる石だった。けれど今は封印され、そのありかは誰も知らない。」
「え…?」

京司は目を見開き、母の顔をじっと見つめた。
奇跡の石の話は、架空のおとぎ話だとばかり思っていた。
しかし、今の皇后の口ぶりでは、まるで本当に存在するもののようだ。

「実在するものなんですか?」

京司は意を決して、その真実を尋ねてみた。

「…さあ、今となっては誰もわからない。でもその石が封印されたのは、その石の力を、正しく使う事ができなくなったからだと聞いているわ。」
「…石の…力…。」
「ねえ、天師教。自分にもっと自信を持って。あなたは人の心がわかる優しい子よ。」

母が諭すように京司に語りかける。

「…。」
「あなたなら、きっとこの世を平和へと導く事ができる。私はそう信じているわ。」

母の優しい言葉に京司は、ただ小さく頷く事しかできなかった。
< 96 / 339 >

この作品をシェア

pagetop