私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~


 * * *


 爛のメニューを読めても、何の料理なのかはさっぱりなので、私はアニキに習って同じ物を頼んだ。
 運ばれてきた料理は、なんとお蕎麦だった。
(異世界でお蕎麦が食べられるなんて! 感激で思わず涙が零れそうだよ!)
 アニキにどうしてお蕎麦があるのか訊いたら、アニキは首を大きく捻って、「知らね」と一言、ばっさり言い切った。

 なので、私は店員さんに訊ねてみた。
するとどうやら、爛の主食は米ではなく、蕎麦やうどんなどの麺類なのだそうだ。米を口にする機会は殆どないのだそう。
 逆に両隣の岐附と千葉は主食は米なんだって。
 それにはアニキが大きく頷いて、補足してくれた。

「岐附では米の方が多く食うが、小麦物や蕎麦も食うな。逆に千葉は殆ど食わねぇらしいぜ」だそうだ。

 がぜん岐附に渡るのが楽しみになってきた。
 お米があるってことは、おにぎりも食べれるかもだし、小麦物があるなら、お好み焼きに似た食べ物だってあるかも知れない!

 食堂から出ると、アニキは真っ先に煌々と明かりが燈る店へと入った。私も慌てながら軒を潜る。と、そこは明らかに居酒屋という感じだった。
 言い方を変えると、酔っ払いの溜まり場。

 時刻はウロガンドにして射手の刻。夜の八時にも関わらず、すでに泥酔している人がちらほらといる。

「ア、アニキ、私こういうお店は――」
「入った事ねぇか?」
「はい」

 だって、未成年だもん。

「だが、もう一時間もすれば普通の店は閉めちまうぜ。開いてるのはこういう店ばっかだ」
「そっか」

 でも、良いのかなぁ? まあ、お酒を飲まなければ良いのか。
 私はひとまず開いている席に座った。
 店の一番奥の、端っこの席だ。

「翼さんは大丈夫でしょうか? 一人で待機って大変そうですよね。夜は寒いし、暗いし」
「まあ、大丈夫じゃねえか? あいつだって軍人だからな」
「そんなもんでしょうか?」
(何か温まる物を持っていてあげられたら良いんだけどな)
 ぼんやりそんなことを考えたとき、ふとある疑問が浮かんだ。

「そういえば、アニキよくお金持ってましたね?」
「え?」

(ん? なんか今、ギクリとしなかった?)
 あやしい。

「よく考えてみたら、あの状態でよくお財布持ってましたよね」
「ああ。金銭類は肌身離さず持ち歩いてるからなあ」

 そう言うアニキの視線が右往左往している。声も若干弱々しい。

「……もしかして、カツアゲでもしました?」
「いや、してねえ!」
「本当ですか?」

 胡乱な目を向けた私に、アニキは「ホントだって!」と焦ったように告げた。

「ちょっと跳ねてみろとは言ったけどよ」
「跳ねてみろ?」
「いや、なんでもねえ」

 ぼそっと呟いたアニキに私は首を傾げた。アニキはバツが悪そうに苦笑する。
 どういう意味かわからなかったけど、アニキの表情から察するに、多分カツアゲはしたんだろうな。
(カツアゲなんて、そんな強盗まがいなこと……でも、非常時だから仕方ないのかなぁ?)
 私の表情に険を感じたのか、アニキは言い訳するように慌てた。

「でも、あれだぜ。翼の方がひどかったぜ、ありゃあよ」
「翼さん?」
「いや、えっと――やめとくわ」

 アニキは言葉を濁して、視線を外した。
 男同士の友情ってやつだろうか。
 私は勝手にそう思って、この話はそこで終わった。

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