私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
私が帰る日はすぐにやってきた。
その日は、帰れると告げられてから、三日後だったからだ。
大きくて、丸い月が、高く上がる頃、私達は本殿ではなく、いつもの花野井さんの屋敷の中庭に集まった。
従業員は暇を出され、屋敷には今、私と花野井さんと月鵬さん、それに鉄次さんと、亮さん、廉璃さんがいた。
それと、見たことのない男女が数人。その中でも、もっとも目立っていたのが、桜色の髪の毛の、ブルガリアの民族衣装に似た服装をしている女の子だった。
王や王子達とは昼間、本殿でお別れをした。
碧王は、またお体が悪くなっているような気がした。
もしかしたら魔王の力で治るかも知れないので、試してみますか? と、私が訊ねると、碧王は、静かにかぶりを振った。
「私には後を任せられる息子達も居る。それに、向こうに行って京最(けいさい)にも謝らねばならん」
「京最さん?」
「葎と安慈の母だ。それに……柚にも逢いたい」
そう言って、碧王は静かに瞳を閉じた。そしてそのまま、小さな寝息をたて始めた。その表情は、どことなく幸せそうに見えた。
「さようなら、お世話になりました」
私は碧王の耳元でそっと囁いて、王室を出た。
願わくば、苦しまずに天国へ旅立って欲しい。本当は、死なないで欲しいけれど。
葎王子は相変わらず部屋の中で、ドラゴンの書類と睨めっこしていたけど、その机には、政治関連の巻物や本が置いてあった。
そして、もう一つ変わったことが。
奥さんが部屋に居たのだ。お茶を飲んであーだこーだと文句を言っていたけど、そんな風に言えることが幸せそうだった。
奥さん、正妃様は、なんで今まで蔑ろにされていたのか分からないくらい、綺麗な人だった。
どうやら、葎王子は過去を話した時に、自分の実母と同じように、奥さんに寂しい想いをさせていると、やっと気づいたらしく、夫婦の時間を持つようにしたんだそうだ。
葎王子と正妃様は私が帰ることを残念がってくれて、正妃様にいたっては、もっと居てくれれば友達になれたのに、とまで言ってくれて、とても嬉しかった。
正妃様も遠く離れた国に来て、さぞ心細かったんだろうな。
でも、葎王子と砕けた感じで話しているのを見て、良かったと思った。
葎王子からは、餞別として彼が書いた新作のドラゴンの本を貰った。それは、巻物ではなくて、皮の表紙の製本だった。
そんなもの、女の子は要りませんよ! と、正妃様は小言を言って、自身が着けていた高価そうなイヤリングをくれた。
逆になんだか、申し訳なかったけど、心遣いが嬉しかった。