私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
ふと目覚めると、私は風に吹かれていた。昼間に出る白い半月が私を見ている。春の陽気に温められた風が心地良い。私は宙に浮いていた。
下を見ると、そこには、見慣れたお城。
広がる附都の町並み。
「ああ、帰ってきた!」
歓喜した私の瞳は、ある人物を捕らえた。
いつもの、懐かしい中庭に、一人で座り、酒瓶を煽っている人。
白い髪を風に揺らし、兎のように赤い瞳を伏せている。
「アニキー!」
私は大声で叫んだ。
常人には届くはずの無いその叫び声を、アニキは聞き取ったのか、辺りをキョロキョロとし、空を見上げた。
私は宙を蹴って、駆け出した。
「アニキ! アニキ!」
私は何度も彼を呼んだ。
アニキは呆けた顔をしながら、それでも、両手を大きく広げてくれた。そして、私は、彼の胸に飛び込んだ。
「なんで、どうしてだ?」
頭の回転が追いつかないのかアニキの声音は動揺していた。私はアニキから離れて、彼を見据えた。
「私、アニキが好き。ずーっと、一緒に居たいの!」
勢い任せの告白に、アニキは困惑して、
「だって、嬢ちゃん、家族は?」
「さよならしてきた」
「……良いのか? この世界は危険だぞ? 身に沁みてるだろ?」
心配そうに、真剣に私を見つめるアニキを私も真剣に見返した。
「……アニキ。私ここに来る前、死に掛けたの」
「え!?」
アニキは、驚いて、次の瞬間不安げに私の体を見た。怪我が無いことを確認して、ほっと息をつく。
「魔王の力で大丈夫だったけど、どこにいたって、死ぬことはあると思う。だったら、それまでは好きな人といたい。アニキは、迷惑?」
「そんなわけねえだろ!」
アニキはムキになって否定して、私を強く抱きしめた。痛かったけど、私はそれが嬉しかった。
「もう離さねえぞ」
「うん」
「嬢ちゃんが帰りたいって言っても、もう手放さねえからな」
「……うん」
私が小さく頷くと、アニキは私を放して、あの優しい眼差しで私を見つめた。
「ずっと俺のそばにいろ」
私の頬を、一滴の涙が伝った。
幸せに満ちた溢れる。私は頷いた。
「はい」
――― ――― ―――
――竜王書より――。
北丁(ほくちょう)六百五十年。
岐附国・附都、附都城内の花野井邸上空にて、白い光り現れたもう。
直後、聖女、花野井邸に降臨す。
後に魔王、神去る。
――竜王書簡・廉璃。