私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
「ご両親は?」
台所で桶から水を湯のみに注いでいる女の子に声をかけると、彼女は明朗に答えた。
「死んだわ」
「え?……ごめんなさい」
「あっ、気にしないで! あたし両親の顔知らないの。あたしが赤ん坊の頃に亡くなったんだって。今はお爺ちゃんと二人暮ししてるわ。お爺ちゃんが私を育ててくれたの。だから別に、寂しくなんてないのよ。私には家族がいるもの」
彼女は誇るようにそう言って、明るく笑んだ。
強い子なんだなぁ……。
「ところでお姉さん、お姉さんは学校(テコヤ)に行った事がない人なの?」
「え?」
渋い声(魔王)が頭でテコヤを学校と訳した。
学校か……。
「あたし、学校には普通に行けるものだと思ってたけど、違うんだって最近習ったの。ここの城主様が良い方で、子供達みんなが学校に通えるようにしてくれただけで、学校に通えない子供達はこの爛だけでもたくさんいるんだって先生が言っていたわ」
そうなんだ。みんな行けるわけじゃないのか……。でも、なんて答えればいいんだろう?学校は行ってたけど、この世界の学校じゃないし。
「えっと……」
戸惑っていると、女の子は少しバツが悪そうに頬を掻いた。
「黒海や白海を知らないなんて、そうなのかなって思ったんだけど、もしかしてあたし、失礼な事言ったかしら?」
「ううん。全然」
私が笑み返すと、女の子はにこりと笑った。
そのとき、
「ただいま」
台所の引き戸が開いて、お爺さんが顔を出した。片足を引き摺りながら、戸を潜ろうとして、盛大に足を枠に引っ掛けた。
「おわ!」
「危ない!」
思わず叫んだ。その瞬間、お爺さんは空中でぴたりと止まった。後ろからぬっとのびた手が、おじいさんの襟首を掴んで転ぶのを防いでいた。
腕の持ち主が、ひょいと顔を覗かせた。
「大丈夫か、爺さん?」
「……アニキ?」
「ん?」
「アニキだ!」
花野井さんこと、アニキは私に気づいて表情を緩めた。
「嬢ちゃん?」
「アニキ!」
私は駆け寄って、アニキの腕をすがるように掴んだ。
「良かった! 会えて! 無事だったんだね! だけど、ここって爛なんだって。私達、どうしてここにいるの?」
捲くし立てた私を見下ろして、アニキは首を捻る。
「さあ? 俺も分からねぇな。白矢(ハクシ)が気を失って落下する直前までは記憶にあるんだが……。あいつも分からねえって言ってたしな」
「あいつ?」
「ああ――」
「ここがお爺さん家っすか」
明朗な声と同時に、アニキの肩から恐持ての男が顔を覗かせた。