私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
本殿前の門の石柱は、どの石柱、どの門よりも立派だった。木枠と鉄のアーチ状の門。本殿を取り囲む鉄製の柵。
純白の柱には、梟の彫り物が施されている。
門前には番兵が二人、威厳をかもし出して立っていた。
「ドラゴンじゃなくて、梟なんですか? 王家のエンブレムって」
がっかりしながら指差すと、アニキが振り返り、鉄次さんが微苦笑した。けど、答えてくれたのはこのどちらでもない。
「ドラゴンのわけがないだろ。なんで王家のエンブレムが、ありふれたドラゴンであるんだ。ヨルムンガンドとかならまだしも」
非難するように、早口で捲くし立てたのはやっぱりこの人。亮さんだ。
「亮。もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」
「そうよ! アンタはなんでそう喧嘩腰なの!」
「ふん!」
アニキが注意し、鉄次さんが亮さんを責めると、亮さんは不満そうに鼻を鳴らした。
「あの、どういう意味なんでしょうか?」
「は?」
私が亮さんに恐る恐る質問すると、亮さんはちょっと驚きながら聞き返した。私が話しかけるとは思ってなかったみたい。
「えっと、さっきの言い方だと、梟の方が偉いっていうか、珍しいっていうか、そんな感じがしたので……」
「伝説上の生き物だ。珍しいに決まってる」
「伝説なんですか? ……梟が?」
「そんな事も知らないのか」
目をぱちくりさせる私に、亮さんは呆れた視線を送った。
「だから、彼女は異世界からきたんだって説明しただろ?」
アニキが少しイラついたように亮さんを見る。
「それは聞きました。だけど、異世界からきたんならなんで言葉が分かるんです? おかしいじゃないですか」
「だから、それは魔王がいるからなんだって」
「そうよ。けんちゃんが言ってたでしょ。本当にこの子は、疑り深いんだから!」
説明する二人を横に、亮さんは、胡乱な瞳を私に向けた。
そんな目で見られたって、私だって魔王のことなんて説明できないし、異世界から来たって証明も、証拠もどこにもない。
スマホも鞄も全部焼かれちゃったんだから。
それに、どうせこういう人には、私が居た世界の話をしても、空想で片付けられてしまうんだ。
このまま無視して関わりたくない。でも、だけど、悔しい。ちょっとくらい抵抗したい。ぎゃふんと言わせてやりたいっ!
「私の世界では、梟は普通に居ましたよ」
「へえ、じゃあ、どんなだ?」
「えっと、ちゃ、茶色かったり、白かったりとか……」
「は~ん」
「うっ……! えっと、えっと、ミミズ食べたりとか!」
「伝説上の動物に詳しい奴ならそれくらい普通に知ってる」
「えっと……えっと」
「知らないなら黙ってろ。浅い知識をひけらかすほど、恥ずかしいことはないと思うけどな」
「うっ……!」
(完敗だああ……!)
だって、梟のことなんて、姿形くらいしか知らないもん!
だからって、だからって、そんな言い草はないじゃない! 悔しい! メッチャ悔しい! もう、亮さんなんて、大嫌いだっ!
「りょ~う。そんなにコイツに当たるなよ」
窘めるように、アニキが亮さんの肩に手を置くと、亮さんはその手を勢いよく払いのけた。
「俺は、貴方にも怒ってるんですよ」
眼鏡を軽く上げて、アニキを睨んだ。
気まずい雰囲気が流れて、アニキが苦笑して踵を返す。その後を鉄次さんが、亮さんを促しながら追った。
私はびっくりして、口が開いたままになってしまった。
(仲が良いと思っていたのに……)
いや、もしかしたら、仲が良いからこそなにかあるのかも知れないけど……。
さっきのアニキの苦笑は、どこか悲しげで、思い出したら、私までなんだか寂しくなった。