私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *

 謁見の間の扉は、驚くほど豪華だった。
 黒色の石で出来た扉に、煌びやかな屏風を貼り付けたようで、とてもキレイだ。


「入れ」

 中にいる誰かのくぐもった声と共に、扉は開かれた。石でてきているなて微塵も感じさせないくらいに、スムーズに開いて行く。

 一気に緊張が走る。
(これから、王様に会うんだ)
 元の世界では、一生会うことなんてなかった存在。そう思うと胸がドキドキする。緊張と同時に、少しだけわくわくしてしまう。
 アニキ達が歩き出すのを見届けて、それに続いて扉の向こうに一歩踏み出した。

 白く澄んだ廊下を十メートルほど歩く。
 映画とかだと、謁見の間と言うと、大臣とかがたくさんいるから、たくさんの人が待っているものだと思っていたけど、見る限りじゃ誰もいない。
 強いて言えば、私の後ろからついてくる先程の線の細い男の一派だけだ。

 私の意識が後ろに向いている途中で、アニキ達が急に立ち止まった。思わずぶつかりそうになって、足に急ブレーキをかける。
 前につんのめりそうになったけど、アニキにぶつかることなく止まれた。

(どうして止まったんだろ?)
 アニキ達は背が高いので、私からは前に何があるのか見えない。彼らの隙間から、首を伸ばして先を見ようとした、次の瞬間、いきなり視界が開けた。
 目の前には数段だけの短い階段。その上にある豪華な椅子の上に誰かが座ってる。瞳に曇りがなく、きりっとした眼差しが高潔な印象を与えた。

 思わずその人に魅入ってしまう。だけど、私には到底、この人が王様だとは思えなかった。だって、その人は十歳かそこらの少年だったんだから。

「オホン!」

 咳払いが聞こえて、私は我に帰った。慌てて振向くと線の細い男が跪きながら、咎める目つきで私を見ていた。
 はっとして、辺りを見回すと、アニキ達は跪いていた。私も急いで跪く。

(こういうことは、教えておいて欲しいよ! どのタイミングで跪くとか知らないんだから!)
 私は顔を真っ赤にしながら、密かに目の前のアニキ達を睨んだ。

「面を上げよ」

 透き通るような声がして、顔を上げる。

「父上、碧王(へきおう)が、病に臥せっているため、代理ですまぬな」

 なんだ。王様じゃないんだ。

「いえ、ありがたき所存です」
「それで、例のものは手に入ったのだろうか?」
「はい」

 ギクリと、心臓が跳ねる。
 例のものってやっぱり、魔王のことだよね。
 アニキがこちらを振り返った。目線で私に立つように指示を出す。私は、恐る恐る立ち上がった。

「皇(コウ)様。この者が、魔王でございます」
「……この者が?」

 皇王子は、私を見るなり怪訝に眉間を寄せた。
(そりゃあ、そうだよね。物だと思ってたものが、人物なんだもの。そりゃ、驚くよ)
 私の背後からも息を呑む音が聞こえた。

「……花野井。確か、魔王はエネルギーの塊であるという話だったな?」
「はい」
「それを遺体に入れて、扱えるようにするという話であったが、では、遺体が生き返ったということか? あるいは、まったくの別物か?」

 皇王子は、アニキに問うというよりは、自身に問うように言った。
 アニキは私を振り返って、跪いたまま、半歩後退して私の横に移動した。そして私を紹介するように、手を広げる。

「この者は、生きたまま魔王を宿した聖女(アリア)なのです」

 渋い声が頭の中で響いた。
『〝アリア〟 〝聖女〟』

 ああ、アリアって聖女って意味か。
(……え!? せ、聖女? アニキなに言ってんの!?)
 私は驚いて目を見開く。もう、目玉が飛び出るんじゃないかと思うくらい。

「生きたまま?」
「はい」
「では、生きた人間を使ったと申すか?」
「いいえ。この者は、私どもの願いを聴きいれ、天が異世界より使わせた聖女なのです」

 アニキ、マジで言ってんの!? 
 私、ただの女子高生だし! 魔王はいるけど、ただの人間だし!

「異世界から来ただと?」
「はい。儀式を行った際、この者は天より降り立ちました。それは、儀式を行った者、皆が見ております」
「そうか……。にわかには信じがたいが、花野井が言うのならば信じよう」
「ハッ! ありがとうございます」
「詳しい話は後ほどにしよう。花野井、後で我が宮へ来てくれ」
「ハッ!」

 皇王子が、すっと立ち上がると、アニキ達も立ち上がった。そして踵を返す。戸惑う私の腕を、アニキがそっと引っ張って退室を促した。
 どうやら、線の細い男一派は退室をしないみたいで、私達はまだ跪いたままの彼らの横を通り抜けた。

「ちょっと、びっくりしましたよ! 聖女ってなんですか!?」
 
 謁見の間を出てすぐに私はアニキに詰め寄った。
 すると、鉄次さんが含むように訝る。

「そうよねぇ。けんちゃんにしては、饒舌だったじゃない?」
「ああ、あれな――」
 アニキが言いかけて、鼻を鳴らす音に遮られた。
「どうせ、月鵬の入れ知恵でしょう。あの女が言いそうな言い回しじゃないですか」
 中りをつけたように言って、亮さんが眼鏡をずり上げた。
「まあ、その通りだ」

 アニキが苦笑して歩き出した。
 私達も後を追う。

「月鵬がな、聖女って言った方が信憑性があるとか、異世界からきたっていうのも、そっちの方が信じてもらいやすいとか言ってな」
「確かにそうよねぇ。聡明な皇王子や、けんちゃんに絶大な信頼を置く碧王ならともかく、大臣達にゆりちゃんを見せても、亮みたく信じてもらえなそうだものねぇ」
「俺を引き合いに出すなよ」
「あの、大臣さんとかにも会わなきゃいけないんでしょうか?」

(そうだったら、何か面倒そうだなぁ……また胡乱な目で見られるのは、正直嫌だもん)
 三人はきょとんとした顔で振り返った。

「大臣ならもう会ったろ?」
「え?」
「あの男よ」
「ひょろっとした、がりがりの男だよ。本殿に入って真っ先に将軍に話しかけたやつ!」
「え、ええ~!? あの人!?」
『そう』

 私の驚きと共に、三人は同時に頷いた。
 アニキ達の話によると、あの線の細い男は、左大臣、右大臣、二人いる中の、右大臣だそうだ。
 どうやら、魔王復活の儀式にGOサインを出したのは、碧王という現在の岐附の王様だけど、それは内々に決められたことだったらしい。

 まず、アニキの元に、風間さんから魔王復活のお誘いが来て、
 アニキは壁王に相談した。そして、碧王が話に乗ったんだけど、それを聞かされたのは、皇王子と、本殿に入った時に出迎えてくれた数人と、右大臣。そして、アニキの側近である月鵬さんと、鉄次さんと、亮さんだけだった。

 なんでそうなったかと言うと、いわゆる覇権争いというやつらしい。皇王子には、腹違いの二人の兄がいて、一人はそういったことにまったく興味を示さない人だけど、もう一人は、玉座を狙っているらしい。
 そしてそれに手を貸しているのが、左大臣というわけだ。
 
 だけど、すでに後継者は皇王子にと、碧王は決めているらしいんだけど、魔王の力を手にしたら、それが翻ってしまう可能性があるんだとか。
 だから、内々にその力を手にしておこうと、そういうわけらしい。っていうか、がっつり政治に首突っ込んでんじゃん、アニキって。
 てっきり、軍の人だから、そういうややこしいのには縁がないのかと思ってたのに。
 それに、アニキってなんとなく、そういうの嫌いそうだったんだけどなぁ。

 私はそう思いながら本殿を後にした。



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