私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *


 のっしのっしと肩を揺するように、豪快に床を踏みつけて歩いてきた薄緑の短髪、淡い翠の瞳。すらっとした長身ながら、体はがっしりとしている男性。

「安慈(ヤスジ)!」

 葎王子は、明るく叫ぶと、椅子を跳ねるようにして立ち上がったけど、安慈と呼ばれた男性は葎王子に詰め寄るように、葎王子の眼の前で足を止めた。

「兄上! また勝手に城を抜け出されたそうですな! 志翔(ししょう)が嘆いておられましたぞ!」

 安慈さんは声を張り上げた。
(うるっさい!)
 まるで轟音だ。
 私は思わず耳を塞ぐ。

「大声を出すな! ただでさえお前の声はでかいのだぞ、安(ヤス)!」

 両耳を塞いでいた葎王子が、迷惑そうに文句をつけて、両手を解いた。
(やっぱりそうだよね。うるさいよね)
 私は小さく頷きながら、耳から手を離す。

「失礼。これでも声は潜めたつもりなのですぞ」
「嘘をつけ、嘘を!」

 安慈さんは、にやりとほくそ笑み、葎王子は呆れたように、大げさにため息をついた。兄上って事は、安慈さんも、王子なのか。

「兄上、ドラゴンの研究に現を抜かすのは勝手ですが、父上の後継者が正式に決まるまでは謹んで貰いたいものですな。私を支援して下さるのなら、好きに遊んでいて下さって結構ですが」
「それは出来ぬと言っている。私はどちらの味方につく気はないよ。むろん、敵にもならない」
「ふむ……分かっておりますとも」

 安慈王子が当然と言うように頷いて、ちらりと私の方に目線を移した。
「ところで、兄上。この娘はなんなのですか?」
「うん。花野井が預かっている娘らしい。良い子だよ」

(良い子だなんて、そんな……なんか照れるな)
 密かに照れていると、安慈王子は肩眉を吊り上げた。
(いけない。また顔に出て、にやけた顔してたかも!)
 慌てて表情を硬くしようとしたとき、

「花野井のな……」
 ぽつりと呟いて、くるりと踵を返した。
「では兄上、後ほど」
 そう告げて、安慈さんは部屋を出て行った。
「今のが、次男の安慈だ」

 葎王子が彼が去った扉を指差して教えてくれた。
(やっぱりあの人も王子なのか。ってことは、もしかして、安慈王子が皇王子のライバル?葎王子は政権に興味ないって言ってたし)
 思案していた私に、葎王子はやわらかく告げた。
「さて、花野井達が待っている。行こうか」
 
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