私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
* * *
通された部屋に、アニキと月鵬さんはいた。
「ゆりちゃん! 無事で!」
「月鵬さん!」
私は嬉しくて嬉しくて、月鵬さんに抱きついた。彼女も私を抱きとめてくれて、二人で抱き合った。
そこに、険のある声が飛んできた。
「まったく、地下牢に入れられるなんて、恥も恥だな!」
嫌な予感がする。
月鵬さんから離れると、声のしたほうに顔を向ける。扉の影で見えなかった位置に、亮さんと鉄次さんがいた。
「ゆりちゃん、良かったわ!」
鉄次さんが言って、私の両手をとった。
私も鉄次さんに会えたのが嬉しくて、その手をぎゅっと握り返した。
「てんちゃん! ありがとう!」
とりあえず、亮さんはスルーしよう。そうしよう。
「おい、なに無視してんだ。俺に挨拶はなしか」
おう。スルーは通じなかったようだ。
私はにこりと愛想笑いをして、
「亮さんも、わざわざありがとうございます。ご迷惑をかけてしまいましたか?」
「まったくだ!」
食い気味にきっぱりと返して、亮さんは鼻を鳴らして腕を組んだ。
あ~。やっぱりこの人苦手だなぁ。っていうか、嫌い!
「でも、私のせいじゃないんですよ!」
「不審者を屋敷の中に入れた事がそもそもの発端だろうが」
「ふ、不審者って、本人の前で!」
(仮にも、王子でしょ!? あなたの上の上の人でしょ!?)
私がびっくりして目を見開くと、鉄次さんと月鵬さんが慌てて亮さんに駆け寄った。アニキは爆笑してた。
「なに言ってるんですか、亮!」
「そうよ亮!」
「良いんだ。二人とも」
葎王子は、苦笑しながら二人を止めた。
「確かに、僕がやった行いは無礼で、不審者そのもののようだったからね。いや、本当に彼女にはすまないことをしたよ」
「もう良いですよ」
葎王子は申し訳なさそうに笑って、僕はこれでと告げると部屋を出て行った。
「葎王子って、良い人ですよね」
彼が去った扉を見つめながら、私が呟くと、鉄次さんが、
「そうね。昔は世間知らずな王子様だったけど、ドラゴンの研究がしたいと言い出して、正体隠して研究所に通うようになってから、良識のある人格者になったわね」
「国民の生活を知る事で、見えるものがあったんでしょう」
鉄次さんの言葉を継いで、月鵬さんが分析するように言った。そこに、侮蔑する声音が割って入った。
「でも、王になるとしたら失格ですよ。もしも、国を揺るがす選択があったとき、彼は絶対人間よりドラゴンを選ぶ。研究者としては立派だけど、王には相応しいとは言えない」
「も~! 亮! あんたはどうしてそうなのよ!」
「事実だろう。現に葎王子は、国も、弟同士の争いも、正妃もないがしろにして、研究ばかりじゃないか」
「それは、そうだけど……」
鉄次さんが、亮さんに押されて言いよどむと、
「それに、王子が彼女を置いて研究所に逃げたせいで、彼女は牢屋に一晩入れられたんだろ?」
「……それもそうね。って、あなた、ちゃんと分かってるんじゃない! なんでゆりちゃんを責めるようなこと言ったの!」
「コイツに非があるのも事実だからだろ」
たしかに、私も不審者だと思いながらも、お茶まで出しちゃったわけだから、非がないとは言えない。
亮さんって、言い方はきついけど、結構間違った事は言わないんだよね。
言い方はきついけど!
私が複雑な思いで亮さんを一瞥すると、頭の上にぽんと手が置かれた。
もうこの手が誰のものなのかは、分かっていた。
私の頭を撫でるのは、一人しか居ないから。
「無事で良かった」
アニキはぽつりと呟くように言って、やさしい眼差しを向けた。
いつもと同じ、優しく、労わるような瞳。だけど、なんだか違和感を感じる。
アニキはどこか遠くを見ている。
私を通して、誰かを見ている……そんな気がした。
「帰るか」
アニキが明るく言って手を退ける。
私は懸念を振り払うように、明るく返した。
「うん!」