私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *

 私は荘厳な王室の前で立ち尽くしていた。

(緊張しすぎて、喉が詰まりそう)

 右大臣がノックをし、中からくぐもった声が聞こえて、扉が開かれた。右大臣が中に入るように促して、私は部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋の中は薄暗かった。
 カーテンが締め切られていて、お香の良い匂いが立ち込めている。岐附の造りには珍しく、部屋の中心に大きなベッドが置いてあった。
 ベッドを囲むように、数人の侍女が立っている。

「ここじゃ」

 静かな声がして、私は辺りを見回した。ベッドの上の男性と目が合う。頬がこけ、髪が乱れていた。
 随分と具合が悪そうで、血の気のない顔色をしていた。
(もしかして、この人が?)
「お前が、そうか?」
 意外なシンクロにシティに、私は一瞬びくっとした。
(多分、お前が魔王かと訊きたいんだよね?)

 私は、小さく頷いてみせた。すると、男性は腕を軽く上げる。それを合図に、侍女たちが部屋から出て行った。
 残されたのは、青白い顔をした男性と私だけだ。

「あなたが、碧王様ですか?」
「そうじゃ。平伏は要らぬぞ」
「ありがとうございます」
「このような格好ですまぬな」
 壁王の一言に、私は思わず顔がにやけてしまった。

「どうした?」
「いえ! すみません!」
「構わぬ。言え」
「えっと……あの、皇王子から、王族は謝っちゃダメって聞いてたんですけど、皇王子も、葎王子も、碧王様も、謝ってくれるんだなって」

 良い人なんだなって……とは、続けられなかった。自分が無礼な事を言っている自覚があったから。だけど、碧王は、
「はははっ、そうだな。確かに、そうだ」
 そう笑って、やさしい眼差しを向けてくれた。

「息子達には、そう教えているが、私もあの二人も何かにつけて謝ってしまうな。威厳がなくていかんと、父上にもよう怒られたのだが……死ぬ間際になっても、なおらぬものだ」
「し、死ぬだなんて!」

 壁王の言葉を聞いて、私は思わず声を上げていた。そんな私に、
「良いのだ。事実じゃからな」
 そう言って、碧王は微笑んだ。

 碧王って良い人なんだなぁ……なんていうか、王様ってもっと偉そうで、怖いイメージだったけど。
 だけど、死ぬだなんて、そんなに体調悪いんだ。

「少し、話をしても良いだろうか?」
 壁王は青白い顔で笑う。

「……はい」

 私がゆっくりと頷くと、碧王は柔らかく笑んだ。そして、自分の息子達の話を聞かせてくれた。
 壁王は、それは楽しそうに語った。
 王子たちの事を話す碧王は、ただの良いお父さんに見えた。
 本当に、子供達が大切なんだなぁ……。

 もしかしたら、私のお父さんも、こんな風に誰かに私のことを語ったりしていたんだろうか。切なさが胸に宿ったとき、「うっ!」碧王が苦しそうに腕を上げた。
 私は、咄嗟にその手を握った。

 碧王の手は、骨ばっていて、肉というものがまるで感じられなかった。死というものを、嫌でも感じてしまう手だった。
 私の手を碧王は強く握り返した。

「そなたに頼みがある」
 真剣な眼差しで、私を見つめる。
 その瞳に、胸が詰まる思いがした。
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