私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

「はい。なんでしょうか」
「私は、近いうちに死ぬだろう。だが、息子達に、葎に、安慈に、皇に、残さねばならないものがあるのだ」
 そう言って、一層、真剣な眼差しで私を見据えた。

「平和だ。平和を残さねばならぬのだ。だから、どうか、この国にいて、我らの力になってくれ!」

 必死な思いが伝わってくる。
 この人は、本当にもう長くはないのだろう。
 私は、碧王の瞳を見つめながら、迷った。
 家に帰りたい。両親にも、友達にも会いたい。だけど、

「分かりました。居ます」

 私はそう、答えた。
 壁王は安心したように、強張っていた表情と、握り締めていた手を緩めた。

「ありがとう」
 そう呟くと碧王は、そのまま力を無くし、崩れ落ちるように意識を失った。
「誰か、誰かきて下さい!」

 叫んだ私の声を聞きつけて、すぐに数人の侍女が部屋へと駆け込んできた。私は追い出されるようにして部屋から出される。

 部屋の外にいた右大臣に聞いた話だと、碧王が意識を失うのは、今に始まった事ではないらしい。
 数十分意識が戻っては、また昏睡する。それをもう、七回繰り返している。
 だけど、次に目を覚ます保障はどこにもない。

(嘘をついてしまった)

 しょぼくれて一人で廊下を歩きながら、私は小さく項垂れた。

(だけど、あそこで本音を言えば、壁王は落胆して、すぐに死んでしまったかも知れない。だからこれは、良い嘘なんだよ!)

「おい!」

 雷鳴のような声が廊下に響いて、思わず肩を竦めた。振り返ると、そこには案の定、安慈王子がいた。
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