私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

「えっと、さっき私、碧王に会ったんですよ」
「何故貴様のような娘が父上に謁見できるのだ」
「え!? えっと……なん、なんででしょうねぇ?」

 笑って誤魔化す。
(ヤバイよ。墓穴掘ってるよ~!)
 安慈王子が問い詰める前に、私は強引に、

「とにかく! お会いしたんです! その時、私の手を取って下さって。すごく王子達の身を案じておられましたよ」
「ふん! 皇の事だけであろう!」

 安慈王子は、鼻を鳴らして悪態づいた。私は思わず、呆れて、
「なんでそんなに、ひねくれてんですか?」
 つい、口が滑ってしまった。

(ヤバイ!)
 口を塞いだけど、時すでに遅し。

「ひねくれているだと!?」

 雷鳴のような怒声が廊下に響き渡った。

「ああ、すみません。ごめんなさい、つい!」
 私は拝むようにして謝ったけど、安慈王子はそれを見る素振りすらなく怒鳴りつけた。

「父上は皇が一番可愛いのだ! 父上は、兄上と皇の身を案じてばかりおられた! 兄上があんなだから、それはしょうがないが、私の事は無視して皇は優秀だ。皇は才がある。皇、皇と!」

 息を切らすまで大声で怒鳴りつける安慈王子を見て、不意に思った。
(この人が声が大きいのって、もしかしたら構って欲しい裏返しなのかな?)
 兄が自由人で、弟は優秀で、板ばさみだったのかも。

「でも、武芸が得意だとお聞きしましたよ」
「え?」
「葎は、素直なところがあるが、自分の事に熱中しすぎて、あらゆる面で鈍いところがある。そういうダメなところは、私に似たな。だが、研究への情熱は見上げたものだと思っている。秘密だがな」
「なにを言っている?」
 不安そうに顔を歪める安慈王子に構わず、私は続けた。

「皇は、優秀な子だが、優しすぎるところがある。自分の意見を堂々と押し通す強さがあれば、必ずや良い王になれるはずだ。そういうところは、安慈や葎から学ぶべきところだな」
 安慈王子の頬がぴくっと跳ねた。

「安慈は――」

 私は安慈王子を見据えた。
 安慈王子は、複雑な表情で私を見返した。

「安慈は、少し短慮だが、武芸に関しては、とてつもないものを持っていると思う。王子ゆえに将軍にはなれないが、なれるのならとっくに将軍になっているだろう。親の欲目だろうか。だが、本人も武芸が好きだし、葎と共に皇を支えていってくれればな」

 私を見据える安慈さんの表情からは、その所懐を読み取る事は出来なかったけど、ただ、真剣に聞いてくれたことだけはわかった。

「これはさっき、碧王にじかに聞いた話です。碧王は、あなた達の話をする時、すごく楽しそうで、幸せそうでした。それは、どの王子の話しをしていた時も同じでしたよ。そこに差別や区別はありませんでした」
「そんな作り話で、篭絡する作戦か?」
「違います」

 あんまりな言葉だったけど、私は感情的になることなく、真剣に、強く否定した。
 感情的にならなかったのは、彼が本気で言っているようには見えなかったからだ。
 安慈王子はそれ以上何も言わずに、くるりと向きを変えた。
 そして、そのまま歩き去っていった。
 お父さんの想いが、少しでも彼に届けば良いな――と、切に思った。

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