私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
鉄次は、中々情報を吐かない諜報員を吐かせる為の、最終兵器として投入される事がある。
鉄次は隠れたドS、そして一週回ってドMでもあった。そして、人の隠された部分に多くの関心があった。多くを拷問で聞き出し、その様は、残虐非道の悪軍師、黒田ろくと並ぶと称されるほど。
しかし、根本的な違いは、鉄次には対象に愛情があるという点であった。
鉄次は、愛情深い人間だった。ただ、それが屈折していた。拷問を受ける人間に愛をもってそれを行うし、その行為を楽しむふしがあった。しかし、拷問で聴き出せない場合は、鉄次の能力で聴き出していた。
だがこの能力は鉄次の体と精神に負担が大きく、滅多に使う事が許されていなかった。
鉄次の能力は、相手の精神に入り込むというもので、入り込んでいる間、鉄次の心臓は止まる。
つまり、魂を相手の体に入り込ませることで、鉄次は、相手のそれまでの全てを知る事が出来るのだ。
しかしそれは、その者が長く生きていればいるだけ、多くの事を経験していればいるだけ、鉄次の脳にその記憶が流れ込むのである。
自分の体に戻った時に、鉄次はその情報全てを雪崩のように一気に受け取る。吐き気が襲い、暫くの間、脳が混乱する。
しかも、停止していた心臓が動き出すので、呼吸の息苦しさや血流の上昇も襲うのだ。
一秒でも体に戻るのが遅ければ、鉄次は死んでしまう。
そういう、命がけの能力でもあったが、鉄次はこの能力も仕事も好きだった。
自分の体に戻った時の、苦痛と同時に相手の全てを理解し、支配したような、その感覚が鉄次はたまらなく好きなのだ。
むろん、ギリギリギリの攻防のような、一瞬でも遅れれば死ぬそのスリルも、鉄次のひとつの楽しみであった。出来るだけ多く能力を使いたいと鉄次は望んでいるが、花野井も月鵬も、そして亮も、よっぽどの事がなければ能力の許可はしなかった。
「鉄次、能力を使ったのか?」
「あら、心配してくれてるのぉ? 大丈夫よ。無事に戻ったでしょ!」
花野井は嬉しそうな鉄次の返事を聞いて、呆れて頭を抱えたが、安堵してため息をついた。
それを見て取って、亮が話を戻す。
「その者の情報により、永国へ派遣させていた密偵に、招々(しょうしょう)という老人を捕らえさせました。竜王機関の幹部の者です。この者は倭和出身で、二十七歳で罪を犯し、その後国外追放となり、竜王機関に在籍しました。魔王復活の兆しを掴んで、今、竜王機関は魔王の居所を追跡しています」
「そんな事までよく話したな」
感心したようすの花野井に、亮は淡々と早口で告げた。
「魔王云々は、招々からの情報ですが、他は鉄次が読み取った男の記憶です。他にも竜王機関についてわかった事が幾つもありますが、それは巻物をごらん下さい」
亮が手のひらで鉄次を指すと、鉄次は持っていた複数の巻物を前に差し出して、首を傾げてお茶目に微笑んだ。
「招々には娘がいると情報を掴んでいました。その娘は父親が竜王機関の人間だと知らないようで。万が一の時は利用するように伝えておきました」
「殺してないな?」
「将軍の好みは暗部全体が把握してます。俺も一般人に危害を加えるのは好きじゃない。殺してませんよ」
花野井は「そうか」と頷いて、続きを促した。
「招々が第三巻の場所を吐いたので、近くにいた密偵に取りに行かせました。倭和国内にあり、国外に出されてはいませんでした。附都で待っている時間が惜しかったので、鉄次を移動させ、岐附国内で受け取りました。これがそうです」
言って、亮は袖から巻物を取り出した。
花野井はそれを受け取って広げる。
巻物の中身は、古文で書かれた文字がビシッと並び、花野井は顔を顰めて、すぐに目を離し、月鵬に手渡した。
「随分と新しい紙だな」
「ええ。それは写しになります。姪砂(メイサ)に取りに行かせたので」
「そうか」
花野井はその人名を聞いて安心したように、大きく頷いた。
姪砂とは、暗部で働いている少女で、少々性格に問題があるが、その能力ゆえにある分野においては、絶大な信頼を置かれている人物であった。
だが、花野井は念のため、
「本物は?」
と訊ねてみた。