私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
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甲斐凋は、倭和に面した白海(はくかい)沿いにあり、倭和国や美章国、爛国などからの船が多く立ち寄る港町だった。
鉄次は、出かけに亮に指定された茶店の縁台に腰掛けた。
茶店の通りはがやがやと賑やかで、普通に喋っていても、少し離れれば何を言っているのか聞き取るのは困難なくらいだ。
縁台は全部で二つあり、鉄次が座ったのと反対側の縁台には、傘を被った若者が座っていた。
鉄次は表情は柔らかくしながら、内心は神経を尖らせて周りを警戒していた。そのとき、鉄次のアンテナが、一人の少女を捕らえた。
ゆっくりと歩いてくる彼女は、倭和国の最蝶という民族の衣装に身を包んだ少女だった。
最蝶(さいちょう)という民族は、穏やかな者が多いと言われており、独自の医療に優れ、医療関係者を多く輩出している。
民族衣装は、ワンピースに様々な刺繍がカラフルに施されている物で、ゆりの世界で言う、ブルガリアの民族衣装に酷似している。
年齢は十五かそこらで、目鼻立ちがくっきりとしたエキゾチックな容姿をしていた。少女は、鉄次に気づいて大きく手を振った。
「鉄次さん!」
「姪砂。お疲れ様~」
「お疲れ様ですわ」
ぺこりとお行儀よく挨拶をする姪砂を、鉄次はじろじろと見る。
「あんたねぇ。なんでそんな派手なかっこうで来るわけ?」
「あら。だって、最蝶に潜入中ですもの」
「だからって、船で着替えるとか普通するでしょ。その国に行ったら、その国のかっこうをして目立たないようにする。鉄則でしょ?」
「だって、わたくし、どんなかっこうをしていても、目立ってしまいますもの。輝くオーラが隠せないんですね。だったら、可愛いかっこうしていた方が良いでしょう?」
姪砂は自信満々に答えた。鉄次は額に手をやって、「ダメだこりゃ」と言うように、ため息をついた。
姪砂の性格は、影に徹する仕事には向いているとは言えなかった。
自信家で、目立ちたがり。
暗部が一人でその国に潜入するということはまずない。
機関や城などに潜入するさいには、一人で潜入する事はよくあったが、必ず数人がその国に潜入し、連絡を取り合うようになっていた。
そのため、姪砂と一緒に仕事をする仲間は、彼女のフォローが半端なく多い。影に徹しない彼女を疎む者も多かったが、優秀な能力ゆえに重要な任務に就くことも多く、その度にフォローする仲間は大変な苦労をしていたが、本人はどこ吹く風で、注意をされたとしても、自分の才能と美貌への嫉妬と取る図太く、たくましく、ある意味羨ましい性格の持ち主であった。