私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
第十三章・事件
 私は部屋のテーブルにお茶を用意して、少しだけわくわくした気持ちで待っていた。暫くして、ドアをノックする音が響いてきた。

「は~い」

 ドアを開けると、鉄次さんが朗らかに笑いながら手を振った。小さく振り替えして、部屋へと促す。

「で? どうしたの?」

 席に着くや否や、鉄次さんは本題に入ろうとした。
 その途端、緊張がやってきて、私はお茶をカップに注ぎながら小さく頷く。

「うん。あのですね、私、どうやら好きな人が出来まして……」
「けんちゃんでしょ」

(え?)

「なんで!?」
「なんで分かったのかって? 分かるわよ~。だって、ゆりちゃん顔に出てたもの」
「え、うそ!? いつ!?」
「彩さんが来た時に、応接間に耳くっつけて盗み聞きしてたでしょ。その時の、あなたの顔で分かったの」
「……マジですか」
「マジですよ」

 鉄次さんは私が入れたお茶を自分の方へ引き寄せた。

(うわ~……! 恥ずかしいっ!)

「そ、それって、まさか、あの、アニキに――!」
「言ってないし、多分バレてないわよ」

 ほっと胸をなでおろす。
 私は、でも、と続く言葉を言おうとした。それこそが本題だったし。だけど、いざとなったら胸が痛んだ。

 出だしでつまずきそうになって、唾を飲み込んだ。勢い良く息を吸う。その反動を利用して、空気と一緒に言葉を吐き出した。

「でもアニキには好きな人がいるんです!」

 鉄次さんは目を丸くして固まった。

「……どうして知ってるの?」
「え?」

 鉄次さんは、真剣な表情で私を見据えた。その瞳が、なんとなく怖い。ようすがおかしいような気がした。

(そんなにまずいことなの? 鈴音さんと付き合ってるって。主従関係だし、秘密にしなきゃいけないのかな?)

 なんだか気まずい。

「もう一度訊くわね。どうして知ってるの?」
「えっと、どうしてって――」

 見たから。と言おうとした瞬間、鉄次さんは変なことを言った。

「だってもう、うん十年前のことよ。誰も語りたがらないのに、あなたが知ってるなんて、変よ」
(うん十年前? どういうこと? 鈴音さんとの仲はそんな前からってこと?)

 でも、鈴音さんの年齢から考えて、それはないよね。彼女はどう見ても、二十代前半。うん十年の、うんが、十年前だったとしても、十二,十三とかそこらだもん。

「あの、鈴音さんのことですよね?」
「……は?」
「え?」

 鉄次さんがあまりにもぽかんとした顔で聞き返すから、私も思わず聞き返してしまった。

「え、あっ! そう! 鈴音、鈴音ね~! ――って、鈴音!?」

 私を二度見して、鉄次さんは目を見張る。

「はい。鈴音さんです」

 私がきっぱりと答えると、鉄次さんはへらっと苦笑した。
 そして、少しだけ真剣な表情になった。

「鈴音に本気になるなんて、ありえないわよ。鈴音には悪いけどね」
「だけど……」
「多分、それ、ゆりちゃんの勘違いよ」

 勘違い?

「だけど、キスしてて。頭撫でてたし、それに――」
「キスも、撫で撫でも、ふつーにするわよ。普通に。あの男はね」

(ふ、普通にするだと!?)

「あっ! でも頭撫でるのは、よっぽど気に入ってる子にしかしないわね。元奥さん連中にもしたことないんじゃないかしら? 慰める時は別だけど」

 鉄次さんは何気なく言って、頬杖をついた。

「……」

 ということは、鈴音さんも気にいってるってこと? それとも、慰めるためだったってこと?
 ぐるぐると期待と不安が渦巻く。

「まあ、とにかく、鈴音に本気になるってのはないわね」

 鉄次さんは妙にきっぱりと断言した。

(でも、もしかしたらってこともあるんじゃないのかなぁ?)

 不安になりつつも、ちょっとだけ嬉しい。
 でも、あんなに真剣だった鈴音さんが可哀想。好きな人に真剣に見てもらえないなんて、哀しいじゃん。

 本気ってわけじゃないという言葉に安堵して、鈴音さんを想って落ち込む。
 今日の感情は、忙しない。
 私は一息吐いて、お茶を啜った。
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