私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
** *
午後二時半。
この季節は五時半頃にはもう日が暮れかかってしまうので、残り三時間。
町の外に出てみようと思っていたけど、どうやら入国証(ゲビナ)という物がないと出られないらしいので、今日は図書館に行って見ることにした。
買い物をするさいに大通りを歩くので、その時に『国立図書館』なる看板を見かけていたから。もしかしたら、何か手がかりがあるかも知れない。
家を出て大通りを歩くと、相変わらず賑わっていて人が多い。
この二週間で、私はカラフルな外壁の規則性を見つけた。
ブティックは黄色の外壁である事が多く、宝石商などは上品な金や銀。乾物屋は茶色、金物屋は黒や灰色、白銀のところもある。
野菜や肉や魚を買うときは、朝と夕方に、市が出るからそこで買うためスーパーみたいなお店はなかった。
朝市は一番新鮮な物が出るらしいけど、一回も行った事がない。
夕方は、お弁当やお惣菜などがメインで、私は毎日この時間に出かけて夕飯と朝ごはんを買ってくる。
そうそう、なんと驚くことに、クロちゃんの家には冷蔵庫があるのだ。
小さな木枠の箱に、なんと小さなドラゴンが入っている。
大きさは火打竜と同じくらい。
このドラゴンは氷結竜(ラピスドラゴン)と言って、千葉の固有種で、氷の洞窟に住むらしく、自分の寝床を凍らせる習性があるとかで、それを利用したのがこの冷蔵庫なのだそうだ。
この冷蔵庫は美章国では高級品で、限られた者しか持てないらしい。
残念ながら電子レンジはないので、朝は冷えたご飯を放置してから食べるか、もしくは、火打竜で火を起こし、フライパンで暖めて食べるかのどっちかだ。
私の場合は、朝ご飯を抜くことが多いので、今のところは温かいご飯が食べられてるわけだけど。――と、一軒のブティックに目が留まった。壁の色は黄色だ。
可愛らしい服がハンガーに吊るされて、店先に出ていた。
控えめなフリルがついたブラウスに、Aラインのワンピース。色はモスグリーンで、裾に白いラインが入っている。
凛章では、こういう女の子女の子してる格好の女性がよく見られる。かと思えば、たまに着物を着ている女性もいたりする。
普通の着物女子もいれば、着物をアレンジさせている人もいる。襟の部分がフリルで、肌蹴させた裾からは、ロングスカートが覗いていたりする。この格好は、月鵬さんと同じだ。
ちなみに男子にも着物の人がいる。ちゃんと着ていたり、肌蹴させていたりと、様々だけど、やっぱり洋服の方が多い。
ローブ姿だったり、パーカーだったり、革ジャンや、ジャケット姿の人もいる。
凛章は服装が自由な町といった印象だった。もしかしたら、この国がなのかも知れないけど。
そんなことを考えながら、横目で店を通り過ぎる。
(私も、新しい服欲しいなぁ……)
バイトでも出来れば、自由に出来るお金も手に入るんだけどなぁ。
「あった」
考え事をしながら、町を見渡して歩いているうちに、国立図書館の看板の前まで来ていた。
その看板は、大通りのちょうど終わりにある。
目の前には、大きな石垣。看板の矢印は右を向いている。覘いてみると、石垣を沿うように狭い道があった。
緩い上り坂だ。
小道を上って行くと広い広場があり、その先に丸い屋根の、木造の大きな建物が建っていた。
多分、この建物が図書館だろう。
小道はまだ石垣に沿うように続いていた。
もしかしたら、その先はお城なのかも知れない。
丸い屋根の建物は、近くで見ると大きな窓が幾つかあり、日をいっぱいに取り込めそうだった。
大きな扉を押すと、重たい。体重を乗せる。
ゆっくりと開くと、むわっと甘い匂いがした。
(古本を嗅いだ時の匂いだ)
扉の向こうは、円形状に本棚が置かれ、三階建ての建物全てに本が置かれていた。
(やっぱりここが図書館だ)
ちょっとわくわくするような気持ちで足を踏み入れると、扉のすぐ近くにカウンターがあった。女性スタッフが数人座っている。
彼女達は私を一瞥すると、興味がなさそうに視線を戻した。
(愛想悪いなぁ。日本じゃまず考えられないよ)
建物の中央には、机と椅子が幾つか置かれている。そこに何人かが座っていた。
とりあえず私は、一番近くの本棚に寄ってみた。
目に付いた、赤い皮の表紙の本を手に取る。
「薬膳書」
まったく関係なさそうだけど、とりあえずパラパラと捲ってみる。草の絵が描かれていて、その説明が載っていた。
(うん。まったく関係ない)
パタンと本を閉じ、棚に戻す。
次に隣の本を手にした。
表紙には「薬草」の文字。その隣は「毒になる草とは」どうやらこの棚は、草に関しての本棚らしい。
「それにしても、解りづらいなぁ」
ぽつっと愚痴をこぼして、とりあえずきょろきょろとする。どれもこれも、背表紙にタイトルが明記されていない。
これじゃあ、探す方は、探し辛くてかなわないよ。
「しょうがない。受付のお姉さんに訊いてみよう」
私はカウンターへ向った。
「あの、すいません」
「はい」
声をかけたお姉さんは、白い髪に黒い瞳の中々な美人だった。まだ若そう。二十代前半か、へたしたら十代ってとこだ。
だけど、どことなく愛想がない。
「あの、魔王についてとか、世界や異世界の存在についての本ってありませんか?」
「ファンタジー小説でよろしいですか?」
(やっぱそうなるよね。っていうか、この世界にもファンタジー小説なんてあるんだ!)
「いえ、そういうのではなくって……」
お姉さんは明らかに訝しがって眉根を寄せた。
変な人と思われたかな……まあ、しょうがないんだけど。
「魔王伝説についてでしたら、二階に専用コーナーがございます。世界についてでしたら、歴史書でしたら三階の半分がそうです。異世界の存在でしたら、やはりファンタジー小説になります」
「……ですよねぇ」
私は力なく笑った。多分苦笑になっていたと思う。
(そりゃ、そうだよね。異世界に関してなんてないよね)
私が密かに落胆すると、「あっ」と、お姉さんが小さく声を上げた。
「確か、蔵書の方でしたら一冊あったかと……」
「本当ですか!?」
「少々お待ちください」
お姉さんは立ち上がって、カウンターの奥へ消えた。
しばらく待っていると、お姉さんは戻ってきて椅子に座った。
「お待たせいたしました」
「あ、はい」
「こちらになります」
そう言って、カウンターの上に置いたのは巻物だった。
(本じゃないんだ)
手を伸ばして巻物を受け取ろうとすると、鋭い声音が聞こえた。
「すみません。入国証をお持ちですか?」
「え?」
「入国証をお持ちじゃない方には、蔵書も、複写本もお貸しできない規則になっております」
毅然とした態度で告げられて、思わず苦笑する。
(また入国証か。そんなの持ってないよ~)
「入国証をお見せいただいた方でも、蔵書の貸し出しはできません。本館でお読みいただくのみになります」
「そ、そうなんですか」
「はい」
しょうがない。今日のところは、歴史書や魔王伝説を読もう。
(なんとか入国証、手に入れないとなぁ)
本も借りられないし、外にも出れないよ、これじゃあ。
ため息をつきながら、とりあえず、私は二階の魔王本のところへ向った。
お目当ての本は、階段を上がってすぐに見つけることができた。
『魔王伝説――新約書』
(新約書ってことは、旧約書もあるのかな)
ふと、そんなことを思いながら手を伸ばす。
その隣に、『魔王伝説――旧約書』の文字を見つけた。
(あっ、あった!)
ぼんやりと感動を覚えつつ、手に取ると一階に下りて椅子に座った。
本の中身は、要約すると、こんな感じの物語が書かれていた。