私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
* * *
そんな事になっているとは露知らず、ろくは天幕を出た。
出陣の準備をしなくてはならなかったからだ。
「ろく君!」
天幕を出たところで、神妙な顔をした赤井シュウが駆け足で近寄ってきた。
「なに?」
冷たく返すと、赤井シュウは珍しく言い辛そうに戸惑った。
「ろく君、キミ、女性を襲って首を敵陣に投げ込んだって、本当か?」
「……だからなに?」
内心はぐちゃぐちゃだった。
自分の汚名でないものを着る破目になり、憎い男の息子と、苦々しい目に遭った直後に会話しなければならない。
さっさと会話を切り上げてしまいたかった。
それが語調に出て、赤井シュウは向けられた敵意に強張った。
何も知らない赤井シュウにしてみれば、そんな目を向けられる筋合いはない。
「いや、でも俺はろく君がそんな事をするとは、思えないんだ。何か、理由があったのかい?」
「……ない」
やっていなのだから、そう言うしかない。
まさか、お前の父親がやったんだとは言えない。そんな事を言えば、自分がどんな目に遭ったのかも話さなくてはならなくなるだろう。
ろくの返答を聞いて、赤井は失望した。
赤井にしてみれば、彼は赤井にとってはもう友達だった。
初めて演習で一緒になって、父の厳しい特訓やしごきにも耐え、平然としていたろくに、赤井シュウは憧れていた。
此度の戦も、毅然とした立ち振る舞いと、冷静な判断で収束させた。
そんな手腕を持つろくを、友に持ったのだと誇らしかったのに。
「……俺は、女性が好きだ。心底ステキな生き物だと思ってる。俺は、ナンパも浮気もするけど、女性に無理強いをした事はないし、殺した事もない。だから、女性にそんなマネをするなんて、俺は許せないよ! キミは最低だ!」
感情に任せて叫んだ後、赤井シュウは後悔した。
言い過ぎてしまったかも知れない。彼には彼なりの理由があったのかも、と。だが、すぐにそんな後悔は消し飛んだ。
「いや、すまない。友人に対する言い方ではなかったかも知れんな。だが――」
「うるせえな! 誰が友人だよ! お前みたいなの、誰が友達になるかよ! バカじゃないの!?」
「……あの――」
「ああ、そうだよ。あの女どもに突っ込んで首ちょん切ってやったよ! それで満足か!? ぼくは、お前みたいな坊ちゃん大嫌い――」
――バシン!
辺りに鈍い音が響いて、赤井シュウは激しく歯軋りを響かせた。
目を丸くするろくを睨みつける。
「最低だな!」
吐き捨てて、赤井は右手を押さえながら走り去っていった。
ろくは頬当をしていたので、ろくの頬を叩いた赤井シュウの右手の方が激しく痛んだだろう。
だが、別段痛くはないはずの頬をろくは押さえた。
「……痛い」