私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~

 * * *

 気がつくと私は空に浮いていた。
「え!? なんで、どうして?」

 困惑する私の真下から、人のざわめきが聞こえて、私は下を見下ろした。
 眼前には、野原に横たわる人々と、立って私を驚いた瞳で見つめる人々がいた。明らかに横になっている人のほうが多い。
 どの人も、ケガをしているようで、痛みに呻く声が上空まで聞こえた。

(もしかして、この中にクロちゃんがいる?)

 私は空から降りた。
 自分でもどうしてこんなことが出来るのかわからない。
 多分魔王のせいだろう。
 でも、今はそんなのどうでもいい。
 
 私はすぐ近くにいた、看病をしている兵士に詰め寄った。

「クロちゃんはどこ!?」
「へ?」
「黒田、黒田ろく三関はどこ? ここにいるの!?」
「え……いや、その……」
「いいから! さっさと教えてください!」
「――いません! あの森に入ったきり、行方不明中です!」

 怒鳴ると、兵士は少し離れた森を指差した。
 私は勢いよく駆け出す。

「クロちゃん! クロちゃん!」

 森の中へ突っ走り、クロちゃんを何度も呼んで、走り出す。

「返事して!」

 森を見渡すけど、人の気配がない。
 絶対いる! 絶対生きてる!

「クロちゃん! 返事して!」

 喉が擦り切れそうなほど叫んだ。
 でも……何の返事も返ってこない……。

「嘘だ……クロちゃんは、死んでなんかいない」

『手傷を負ったと報告が――』

 南さんの声が頭を巡った。
 手傷を負った……どんな傷か分からない。
 生死に関わるものだったら……それで、返事が返せないんだとしたら……。
 クロちゃんが、死にそうになっているんだとしたら……。
――助けなきゃ!

「私の中には魔王がいる。今、この力を使わないでどうするの!」

 どうやったのかは分からない。
 でも、出来る気はしていた。
 私の体は重力に逆らった。
 空を飛んで、森を見渡す。

 視界には森全体と、傷を負って倒れている兵士達がいる野原の一端が見えた。
 私は深く深呼吸した。
 この視界にいる全ての人間を、癒せば良いんだ。

(私には出来る)

 自信があったわけじゃない。
 私はそう、理解していた。
 もう一度、大きく息を吸い込んだ。そして、吐き出すと同時に白い光が私を包んだ。その光は、凝縮され、そして一気に四方へと飛んでいく。

 飛んで行った光は、森全体と野原の中腹までを包み込み、サーチライトのように大きな直線状の光となった。

 光は、私に向って収束するように移動した。
 やがて、その光は徐々に輝きを失い、私のもとに戻るときには、一つの小さな丸い塊が残っていただけだった。
 その小さな光りは、私の中へ牽き込まれるようにして入って行った。

 私はゆっくりと、森に降りると、そのまま駆け出した。
 何故か、どこの方角にクロちゃんがいるのか解っていた。

「――わっ!」

 がくん、と膝が沈んだ。
 両腕が震える。

(眠い)

 強烈な眠気が襲ってきて、私はその場に倒れ込んだ。
 体に力が入らない。

「クロちゃ、ん――クロちゃんに――」

 会いたい!
 寝ちゃダメだ!
 寝ちゃ、ダメだ!
 クロちゃんに会わなきゃ!
 無事を確かめなきゃ……!
 私の意志は体に拒絶され、私はその場で意識を失った。
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