私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
樹一の熱弁に、翼は一瞬気持ちが揺らいだ。
家に囚われない生き方をしてきた男には、とても壮大で自由で有意義なものに感じられた。
もう一度、自由の身になりたかったのかも知れない。
だが、翼は軽く頭を振った。
「それはご苦労なことっすね。それで、返事はどうなんすか?」
「竜王機関は国とは繋がらない――だが、今回だけは力を貸そう」
「それは良かった」
「だが、さっきも言ったが頼みごとがある」
「……隊長のことだったらダメっすよ」
軽く頭を下げた樹一に、翼は冷たく言い放った。
だが、負けじと樹一は食らいつく。
「我々は、歴史に関わる人物の調査をし、記している。後々の学問材料として必要不可欠だからだ。捕まった時も言ったが、黒田ろくは歴史を記すのに重要な人物だ。生い立ちから何から、知る必要があるんだ」
「そんな必要はないっす」
翼は一蹴した。
そんな翼を軽く睨んで、樹一は、
「では――協力は出来ない」
翼は不愉快そうに眉根を寄せる。
こうなれば、武力行使で言う事を利かせるしかあるまいと、翼は指を鳴らそうとした。そこに、
「翼、絶壊は出さなくて良い」
静かな制止が届いた。
振り返った翼と樹一は驚いた。
そこにいたのは、黒田本人だったからだ。
「隊長、なんでここに?」
「お前の事なんてお見通しだから」
戸惑う翼に、黒田はつっけんどんに返した。
そして樹一を見据える。
「ぼくのこと知りたいの?」
「はい。ついでに――魔王の事についても詳しくお聞かせ願えますか」
「調子に乗るなよ」
びくっと、樹一の肩が震えた。
背筋に冷たいものが駆け上がっていく。
黒田からの殺気を感じて、樹一の頬に冷や汗が流れた。
樹一も竜王機関に長く身を置く者である。
危険を嗅ぎ分けられなくては、生き残ってはいれらない。
樹一は瞬時に、地雷を踏んだと悟り、黒田は敵に回してはいけない人物であると悟った。
「すみませんでした。調子に乗りました」
樹一は深々と頭を下げる。
彼の潔さは、生き残る上で重要だ。
翼に捕まった折にすぐに白状したところも、情けないととる者もいるだろうが、賞賛に値するだろう。
でなければ、とっくに死んでいる。
死んでしまっては元も子もない――というのが彼、もとい彼らの考え方であった。
「じゃあ、教えてあげるから、赤井セイの悪事の証拠を探してくれるね?」
「……分かりました。見通せないものはない男に捜させましょう。まあ、説得するのに少し時を要しますが」
「キミが調べるんじゃないんだね」
「俺は捜索探査能力を所有していませんので」
「そ」
樹一は苦笑し、黒田は小さく顎を引いた。
証拠を見つける前に黒田陣は襲撃に遭ってしまったが、こうして、赤井セイの悪事は露見したのである。