私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~

 * * *

 しばらく、夜の闇を眺めてから私は天幕へ戻った。
 一度仕事を引き受けた以上、途中で帰るわけにも行かない。
 そんなことをしたら、みんなの、ひいてはクロちゃんの迷惑になる。
 私は、後悔の想いを抱いて、一夜を過ごした。
 次の日も四足竜での移動だった。
 途中で本軍と合流しては、食事を作った。
 
 クロちゃんは中々顔を出さない。
 一度も会えていなかった。
 クロちゃんの側近である翼さんにもまだ会えてない。
 会ったとしても、顔をさらせる状態じゃないけど。
 
 代わりに、部下の方々は何人か見かけた。
 空さんが一番遭遇率が高い気がする。
 周りの面倒を見ているのか、しょっちゅう平兵士っぽい人達に声をかけて回っている。
 そんな調子であっという間に四日が経ったある日、事件が起きた。
 
 昼間のことだった。
 昼食を作っていると、西の空から軍旗をかざした空軍隊が現れた。
 降り立った軍隊の先頭に立っていたのは、凱旋パレードで一度見た、赤井さんのお父さんだった。
 その隣に、赤井ジュニアと、帆蔵さんがいる。

「黒田殿はいるか!」

 赤井父が声を張り上げた。
 ビリッと空気を震わすほどの大きな声だ。
 私はびっくりして、思わず竦んでしまった。
 私だけじゃなく、給仕担当と平兵士達もはっとしていた。樹一さんは平然としていたみたいだけど。

 そこに、天幕の中から、気だるそうな顔をして、翼さんを連れた、クロちゃんが出てきた。
 久しぶりに見るクロちゃんに、遠目からでも思わずときめいた。
 五日ぶりに見るクロちゃんは、やっぱりかっこいい。

「赤井三関。ここは敵陣からそう離れてはいません。大声は出さないよう願います」

 それくらい分からないのかよ? と、いつものクロちゃんなら続くところなんだろうけど、今はそれだけで言葉を切って、すまし顔で赤井父――赤井三関を見た。

「それはすまなかったな。我々は任務の帰りに寄ったのだよ。少し話したい事があってね。ところで、あとどれくらいで敵のアジトに着くんだ?」

「……一時間と言うところですかね」
「騎乗翼竜で?」
「四足竜で、です。なので、騎乗翼竜なら四十分かそこらで着いてしまいますのでくれぐれも飛び立つ時は慎重に願います」

 赤井三関からの質問に、クロちゃんは渋々といった感じで答えていた。

「それで、何用ですか?」
「ふむ……実はねぇ、憲兵から聞いた話なんだが、黒田くん、キミ。岐附の女に一筆持たせたそうじゃないか。礼状をね。なんの礼なのかな?」

 赤井三関はわざと声を張り上げた。
 この人、感じ悪い。

「……部下が岐附で世話になったそうなので」

 クロちゃんはすまし顔でにこりと笑った。

「岐附なんかで何をやっていたんだね? まさか裏で手を組んだりはしていまいな。英雄殿」
「まさか!」

 クロちゃんは驚いた調子で言って笑んだ。多分、絶対演技だ。

「部下が個人的に岐附に旅行に行った際に、世話になったそうで、その礼を書いたに過ぎません。今は岐附と同命中の身なれば……なにか問題がおありでしょうか?」

「ふむ……そうとなれば問題はないが、何故岐附の女が美章にいたのだね? それに、まさかたまたま礼状の君と女が知り合いだったと言うわけではあるまい?」

 問題がないと言いつつ、問題にしたい。
 そんな言い方だ。
 その上、このオヤジはとんでもない事を口走った。

「その女も、白星だったそうじゃないか。白星は信用できんからなぁ。白星同士で何か企んでいるのではあるまいね?」

 赤井三関の後ろで、赤井ジュニアが一瞬曇った顔をして、すぐにふんと鼻で笑った。それを合図にしたように、赤井三関の部下達は皆一斉にくすくすと笑い出した。
 笑ってないのは帆蔵さんくらいなものだ。

(むっかつく、こいつらぁあ!)

 私と同じように、黒田陣が苛立ったのが感じられた。
 空さんなんか、目が血走りすぎて今にも飛び掛っていきそうだ。
 意外なことに、翼さんは平然としているように見えた。

「彼女とは、たまたま凛章で会ったんですよ。困っていたのを放っておけなくて……話を聞けば礼状の主と知り合いだと言うので預けたのです。今思えば、本当であったのかどうか……少し軽率でしたね」
「ふむ、その通り軽率であったな」

 赤井三関は偉そうにのたまった。
 なによ、こいつ。思えばクロちゃんと同じ三関じゃない。
 それを偉そうに!

「それで、同じ白星だと認めるのかね?」

 見下した目つきで、赤井三関はクロちゃんを見た。
 なんなのこいつ、何言わせたいわけ!?
 それを言わせてなんなわけ!?

「……そうで――」
「そんなわけないでしょ!」

 思わず私は大声で叫んでいた。
 だって、むかつくじゃん。あのオヤジ!
 クロちゃんが何か言おうとしてたけど、遮ってしまった。
 でも構わない。
 あのオヤジに一言文句言ってやる!

「クロちゃ――黒田さんは、白星なんかじゃありません! 大体差別用語として認知されてるもんを人に浴びせるなんて、アンタどうかしてんじゃない!?」

 クロちゃんも、月鵬さんも、バカじゃないし、野蛮でもない!
 コイツの方がよっぽど野蛮よ!

「そうだ! 文官あがりのエセ武人野郎が!」
「黒田隊長をバカにすんな、この薄ら貴族!」
「隊長は白星なんかじゃねえ!」

 そうだ! そうだ! と、黒田陣営から次々に声が上がった。
 その光景に、私はつい、ぽかんとしてしまったのだけど、樹一さんに、良くやった! と肩を叩かれて我に帰った。
 まずい……思わず声を上げちゃったけど、クロちゃんにバレたかも知れない。
 窺い見ると、クロちゃんは上がった声に驚いた様子で、私の方は見ていなかった。
 良かった、とりあえずは大丈夫そう。

「……くっ!」
 赤井三関は、悔しそうに顔を歪めて、いかにもな捨て台詞を吐いた。

「貴様ら、覚えていろ!」

 慌てふためく赤井陣営を置いて、赤井三関はラングルに騎乗した。
 そのままクロちゃんを睨みつけて飛び立つ。

「くれぐれも慎重に飛んで下さいよ!」

 その背に声をかけたのは、翼さんだった。
 赤井三関は苦々しい顔つきで鼻を鳴らして空を舞った。
 その後を、赤井ジュニアらが慌てて追いかけて飛び去って行った。
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