私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
* * *
村は全滅した。生き残りは、ぼくだけだった。
姉の首を持ち上げた時の消失間は、今でも良く覚えている。
姉の首を抱きしめて泣いた。
人間は、泣いても泣いても、涙が溢れてきて、枯れる事などないんだと、その時は思っていた。
村人全員の遺体を掻き集め、ドラゴンに引かせて穴の中へ吊るした。紐を切って、穴の中へ落下させるしかなかった時の不甲斐なさ。
ぼくがもっと力持ちなら、もっと丁寧に、一人一人のお墓を作り、きちんと棺おけに入れてあげられたのに。
こんな、大きな窪地に投げ入れることなんてなかったのに。
ぼくは申し訳ない気持ちでドラゴンと一緒に穴を埋め続けた。
穴がようやく塞がったころ、ふと、鬼どもの死体が目の端に映った。
鬼どもに墓を作ってやるつもりなど毛頭ない。
全員燃やして消し炭にしてやろうと思ったが、火を起こす火打ち竜は死に絶えていて、火が起こせなかった。
放置して、野生ドラゴンに食わせようとも思ったけど、村にあいつらの死体を置いておきたくなかった。
どうしようかと思案している時、ドラゴンの遠吠えが聞こえた。
頭上を見上げると、五匹の騎乗翼竜が旋回して降りてきた。
「我々は、東條様より使わされた者だ。子供、私達と一緒に来い!」
鎧を着た女が声を張り上げた。
五人中二人が女だった。みんな同じ鎧を着ているので、こいつらは美章の兵なのだとわかった。とすると、東條とはあの初老の大男か、とぼくは直感した。
「嫌だ。ぼくはあの鬼どもの死体を八つ裂きにして森に放り投げてやるんだ。そうすれば、村に置かなくて済むからな!」
「何を言っている? あの人数をなんて無理だろうが。これだからガキは……。何人いると思ってんだ」
女が呆れた様子で口汚く言うと、もう一人の女が驚いた声を出した。
「ねえ、村人の遺体がないんだけど……もしかして」
五人はまさかといったようすでぼくを見た。
ぼくは、
「埋葬したよ。当たり前だろ!」
「村人百五十人余りを全部? 幾ら少数民族の小さな村だって言ったって、子供一人で……まさか、あなた三日も不眠不休だったわけじゃないわよね?」
そんなに経ってたのか、とぼくはぼんやりと思った。
確かに寝てないし、何も口にしていなかった。
だけど、何も口にしたくないし、寝たくもない。
ぼくがもっと早く起きていれば、お姉ちゃんはあんな目に遭わなかったかも知れないんだ。
「いけないわ! すぐに連れて行きましょう」
口が悪くない方の女がぼくの手をひっぱた。
「放せよ! ぼくは行かない! ぼくの家はここだ!」
ぼくはここにいるんだ!
そう叫びだす前に、女に首を叩かれて気絶した。
この女も口が悪くないだけで、十分に乱暴だった。
* * *
ぼくは広い寝室で目覚めた。
そこは、東條というあの初老の大男の別宅だった。ぼくはどうやら三日もの間、昏々と眠り続けていたらしい。
ぼくが目覚めてすぐにやつは顔を出した。
にこにこと笑い、
『何故ぼくを連れてきた!』
『あの鬼どもの死体をドラゴンに食わしてやろうとしたのに、邪魔しやがって、このクソジジイが!』と、東條を罵るぼくを黙って見ていた。
穏やかに笑みながら。
「あやつらの遺体は埋葬したよ。大丈夫、キミの村には埋めていないから安心なさい」
そんな事を言われても、ぼくは治まりが利かなかった。
ぼくはさらに東條を罵り、やつは黙ってそれを聞いていた。
やっとぼくの気持ちが落ち着いた頃、東條はぼくを抱きしめた。
大男とは思えないほど、そっと優しく抱きしめられた。
ぼくは気持ちが定まらず、また泣いた。