私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
「斥候隊の隊長を呼んで!」
ろくの一声で、斥候隊の隊長が数分とかからず天幕にやってきた。
その男は、左目と左頬に火傷の跡がある体格の良い男だった。
「斥候隊、隊長。空と申します!」
空は片膝を突き、赤井を見据えた。
当然、赤井が総指揮の任を受け継いだままだと思ったのだ。
しかし、不遜な態度で斥候の様子をせっついたのは見たことのない少年だった。
「能力者は何人残ってる?」
「……は?」
空は一瞬ためらった。
なんだこの少年は? と、不審に思ったが、翼がにっと笑い、小さく頷いて返答を促したので、彼は戸惑いながらも答えた。
「能力者は、五百四十五人残っております」
「……半数が死んだね」
軽い声音で出された皮肉に、場が凍る。
赤井が今すぐにでも、俺のせいだと言いたいのか! と、抗議の声を上げそうだったが、ろくがそれを遮った。
「能力者リスト見せて」
「ハ!」
ろくの要求に空は懐から巻物を取り出して、前方に差し出した。
ろくは歩いて行って、空から巻物を受け取った。
「面倒くさいから、自分で歩いて渡しにきてよ」
「……は? しかし……」
「斥候部隊に限らず、位のない兵士が我々に立って近づくなど、ありえない事だぞ。〝総指揮官殿〟!」
「知ってる。でもぼくには関係ないね。差別化を図るより効率の方が大事だろ」
赤井の嫌味を含んだ教えに、ろくは歯牙にもかけないように答えた。
目線はすでに開いた巻物の中だ。
赤井はあからさまにムッとした。
「お言葉だがな、総指揮官殿。兵士と指揮官との間には、威厳と言うものが大事になってくるんだよ」
「威厳なんてもんは、そいつの力量次第であって、作為的に作られるべきものじゃないね。そうしなきゃならない奴は、実力と器が足りないんだろ」
初陣にて、東條の姿を見て、ろくは強くそう思った。
東條には威厳があった。
「なんだと!?」
「赤井小関は、そうではないんでしょ?」
そう言われて、赤井は押し黙った。
これを否定すれば、自分は力量のない者だと認めるようなものだ。
「赤井小関には今から、夜間の警備に就いているという喰鳥竜の小関と交代に行ってもらいたい」
「……なに?」
「夜間の任に就いているものは、今朝から戦場に出っぱなしだろ? 疲れて夜襲を見逃したなんて事になったら大変だ。その点、赤井小関なら、見逃すことなくやり遂げてくれる。ぼくはそんな気がしてならないんだよね。赤井小関は、とても立派な器の持ち主だ……そうでしょ?」
「そうだな! ならば、行ってこよう!」
ろくの心にもないおだてに乗って、赤井は意気揚々と交替へ出かけた。
その後姿をろくは、見届ける。
「邪魔者はーいじょ!」
そう呟いて、皆に向き直った。
皆は一様に笑いを堪えていた。
「時間がもったいないから、ぼくが今から言う事、する事に、進言や文句は一切許さない。そうしたい者は、今すぐ出て行くか、赤井小関のように退席願うよ」
ピリッとした空気が流れた。彼らは笑みを止め、一様に表情を硬くした。
ろくは、彼らに目もくれず、空に目線を送る。
「さて、空」
「はい」
「敵の斥候隊の位置を掴め。それと、丹菜と千時という能力者を連れてきてくれるか?」
空は頷き、天幕を駆け足で出た。
皆は何も言わず、貝のように口を閉ざす。
まさしく会議とは名ばかりの、ろくの独壇場であった。