私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
日が西に傾いて、オレンジの光が地平線に消えかけていた。
夕方、残照残る空に見送られ、私達はついに次の町、灰楼(はいろう)にたどり着いたのだ! ――なんて、ちょっと大げさかな。
でも、気分的にはついにエンディングを迎えたような心持だった。
あれから、二時間歩き通しで、もうへとへとだ。
早く布団にINしたい。
バフッと、身体を布団に沈めたい。
そもそも宿屋はあるのかしら。若干不安になりながら、町を見回す。
灰楼は、町のつくりは樹枝海と変わらない印象だけど、樹枝海と違って牌楼(はいろう)で、門に屋根がついている。
中々の賑わいだ。
人通りが樹枝海より多い。
服屋は服がかけてあったけど、宿屋は宿の前になにを吊るすんだろう?
そう思っていると、風間さんが私をチラリと見て微笑んだ。思わずぽうっとなる。この人の笑顔は反則。まあ、私が、笑顔フェチだってのもあるんだけど。
大通りをそれて、路地裏へと入ると、ボロボロの建物があった。
柱が折れかけていたり、瓦がはがれたりしている。建物の前に、汚れた小さな枕が吊るされていた。
……もしかして……。
「やっぱり、ありましたね」
風間さんがそう呟いた。若干嬉しそうだ。
宿屋ですか。あれが……? あそこに今日泊るんですか。
……ヤダ。
こう言っちゃなんだけど、不衛生そうなんですけど……。
「大通りをそれて、すぐのところには大抵安い宿屋があるんですよ」
風間さんは嬉々としてそう言った。
「あの……ここに泊るんですか?」
「はい」
いけませんか? と続きそうな顔つきだった。
(……そうか、風間さんって、雪村くんの血縁者なんだった)
納得したような、残念なような複雑な気持ちが過ぎる。
「あっ」
私の顔色を察したのか、風間さんが声を上げた。
「違いますよ。女性の貴女にはこの宿は嫌かも知れませんが、長旅になりますし、金銭もそんなにあるわけじゃないので、節約できるところは節約しないと……申し訳ありません」
言い訳するように言って、風間さんは頭を下げた。
(なにが違うんだろう。明らかにさっき嬉々としてたけど。節約できて、嬉しそうだったけど!)
まあ、でも風間さんの言う通りだ。
何が起こるかわからないんだし、旅費を出してもらってる身で文句を言うのは筋違いだ。
私は反省して、笑み返した。
「はい。私ここで全然大丈夫ですよ。入りましょうか」
風間さんはちょっとだけ申し訳なさそうに頭を下げて、宿屋の中に入った。