私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
休憩中、私は荷車から降りた。
外の空気は乾いていて、喉が微かにひりついた。
「あっ」
驚いた声が上がって振り返ると、四足竜の運転手がいた。
彼は目を丸くして、次に柔らかく細めた。彼は静かに私のそばに来て、
「良かった。すっきりした顔をしてるね」
優しい声音で告げて、すっとしゃがみ込む。私を見上げた。
「キミは、人が死ぬのを見たのは初めてかい?」
「え?」
「僕も、人が初めて殺されたの見たときは、三日はろくに食事が喉を通らなかったよ。知り合いの人だったんだけどね。優しくて、僕は好きだったなぁ……」
追想するように、彼は瞳を遠くに向けた。
(うん。私も好きだった)
彼と同じように、遠くを見つめる。
「僕も、どうしてあの人が殺されたのに、ご飯を食べるのかどうして皆は笑うのか、分からなかったけど……」
「――はい」
私から出た声音は、自分でも驚くほど明朗だった。
だけど、視界が滲んでしまう。
涙が零れるのを隠そうと、私は笑顔を作ったけれど、涙は溢れ出して頬を伝った。
彼はそんな私を見て微苦笑する。
立ち上がって、私の肩に手を置いた。にこっと笑うと、去って行った。
自分を責めるなと言われたときは、一体何のことを言ってるのか分からなかったけど、私は、風間さんの腕で泣いた瞬間、気づいてしまった。
私が、どうして自分を責めたのか。
なんで風間さんを人殺しだとなじらなかったのか……。
――好きだからだ。
どうしようもなく。あの人のことが好きだから。
貞衣さんと晴さんとお腹の子の幸せと未来を奪ってしまった、風間さんのことが好きだから。
風間さんのしたことは許されないことで、だけど私は許してしまいそうだった。
おばさんにお饅頭を貰って、風間さんが甘い物が苦手だと聞いたとき、実那鬼でテンション高くお饅頭を差し出した風間さんを思い出しそうになった。
だけど、その優しさを想ってしまえば、私は風間さんを許したくなる。
どうしようもなかったんだって、納得してしまいたくなる。
あの人を信じてしまいたくなる。
私は、そんな自分が嫌だった。
風間さんの実那鬼での行動は、もしかしたら償いのような気持ちからだったのかも知れない。
それはわからない。
でも、おばさんにお饅頭を貰ったとき、私は無意識に自覚した。
貞衣さんと晴さんの死より、私にとっては風間さんの方が大事だったんだってことに。
そんな自分を醜いと思った。
そんな自分が汚く感じた。
だから、私は自分を罰していた。
無意識に、自分を責めていた。ずっと。
だけど、乗車していたみんなは私を心配してくれていた。赤の他人なのに。
心の中で、なんてひどい人達なんだ。頭がイカれてると、なじったことさえあったのに。
本当はみんな、優しかった。温かかった。
ぽろぽろと、涙が零れた。
自分が情けない。
だけど、もう自分や誰かを責めるのはやめよう。
そうしなければ、私を心配してくれた全ての人に申し訳ない気がした。
不意に、ポケットに違和感を感じた。
ポケットを探ると、入国証が入りっぱなしだった。
これをどうしたんだと風間さんに訊いた夜、これを持っているのが辛くて、捨てようとして、捨てられずにポケットに押し込めた。
永国獅祖村――貞衣。
朱色で書かれた文字をなぞる。
私は入国証を握り締めた。
せめて私が死ぬ瞬間までは、あの二人に恥じない生き方をしよう。
そう誓った。