私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
退院して、帰宅するとチャイナ服のような服は、私の部屋の机の上に折りたたんで置かれていた。ふんわりと柔軟材の匂いがした。
(……どこか懐かしいような気がする)
それは多分、柔軟材のせいではない気がした。
コスプレでもしてたのかとお母さんに訊かれたけど、私にそんな趣味はないはず……だよね?
自分に問いかけてみても、やっぱりそんな趣味はなさそうだ。
私には記憶がない。
春のある日、学校に行くために出かけて、それから行方不明になって、その行方不明になっていた期間の記憶がない。
ただ、病院のベットで目覚めたときに、断片的に覚えていたことがある。
夢だ。
私は夢を見ていた。
それはおかしな夢だった。
ドラゴンがいて、五人の男性と出逢った。生意気だけど苦労人でプライドの高い少年とか、恐持てイケメンだけど、本当は優しいアニキみたいな人とか。せっかく整った顔なのに、ずっと無表情の人とか、ドジで純粋な黒髪の青年。そして、空のような水色の瞳の優しいけれど、愛想笑いで人を拒絶してる美しい人がいた。
私はその人と旅をする。
でも、変な話。そんな印象はあるのに、顔は誰一人、全然思い出せない。
しょせんは夢のはずなのに、一緒に旅をした人のことを思い出そうとすると、胸が痛くなってなんだか泣きたい気分になる。その人と巡った旅ですら覚えてないっていうのに……。
私はプラットホームに立ちながら、腕を擦る。これから、バイトに向う。退院してからすぐにバイトを始めた。
お母さんもかなこも、あんたが? って驚いてたけど、私自身だってびっくりしてる。バイトするくらいなら、寝てたいって常々思ってたんだから。でも、なんだか何か始めずにはいられなくて。
両親に甘えてばかりじゃいけないって、なんでか思っちゃったんだよね。
プラットホームの隙間から空を仰いだ。
冬の青々と晴れ渡った空は、冷たい風のせいで、寒々しい空色に写る。まるで、誰かさんの瞳みたい。
優しいふりが得意な。全然優しくない彼。――あれ?
「やだ。私、誰のこと言ってんだろ」
そんな人、いないはずなのに。
『二番線に電車が参ります。黄色い線の内側にお下がり下さい』
アナウンスが流れて、私は一歩下がる。
やってきた電車に乗り込んだ。
電車の中は空いていて、座席にかなり余裕がある。けれど、私はなんとなく扉の前に立った。手すりに捕まって、ぼんやりと走り出した風景を眺める。
夢の世界では、あっさりと人が死ぬ。なんとなくそんな風に憶えてる。夢だけど、私はそれが哀しかった。
ガタン、と電車が揺れた。
家並みがぐんぐんと通り過ぎて行く。
あの夢の世界の人達は、私達よりも死が身近にあるけれど、その分、人生の尊さを知っていた。
必死になって、生きるということをしていた気がする。
私は、そのように生きていられるだろうか。
生きていけるだろうか。
恥じない生き方を、送れるだろうか。あの二人のために――って、あの二人?
なんだか、頭が混乱してる。
もう何ヶ月も経つのに、いつまでもあの夢にこだわりすぎじゃないかな。私。
「だけど……」
ぽつりと呟いた。
だけど、こだわらなきゃいけない気がする。
「だって、忘れたくないんだもん」
(殆ど憶えてないのに。ただの夢なのに……)
電車から降りて、プラットホームに立つと、なんだか歩き出す気になれなくて、しばらくその場に立ち尽くした。
もうぼんやりとしか夢を思い出せないけれど、私は、その世界の人達がすごく好きだった。
そんな気がする。