私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
エピローグ
レンガに囲まれた部屋に、日差しが照った。
薄曇が晴れて、真夏の陽光が細長い窓から射す。
窓際の重厚感のあるデスクの上に、巻物が二つに分けて束ねられ、風間はその一つに手を伸ばした。
すでに左手の中にある巻物を読みながら、右手に掴んだ巻物を左手の近くに持って行き、紐を器用に解く。
巻物がしゅるりと音をたて、片側が床に着いた。
「ふむ……」
風間は軽く唸って、巻物同士を見比べた。
そして両方を置き、捲くっていたシャツを戻した。
軽く伸びをし、黒のベストを引っ張って直す。
先程の二本の巻物を巻いて結んで、取った方と逆側の束に置く。
そして、先ほどと同じ方の束から無造作に巻物を掴んだ。その緑色の巻物は、他の巻物よりも少しだけ小さく、細身だ。
風間はそれを開くと、僅かばかりに目を見開く。
無言で読み進め、やがて、ふと微笑んだ。
「……信じてみるか」
明朗な声音から察するに、その巻物はどこか風間に元気を与えたようだった。しかし次の瞬間、風間は眉を顰める。
「それにしても、結のやつ、また報告物を忘れたな」
険のある独り言が発せられた瞬間、突然、バン! と大きな音がして扉が開き、開け放たれた木製の扉の前には雪村の姿があった。
怒りをあらわにして、険しい表情をしている。が、突如情けなく表情を崩した。
「風間ぁ!」
「なんですか?」
甘えたような声を出して駆け寄ってきた主に、風間は面倒くさそうな声音をわざと出した。
「またオヤジのやつがうるせえんだよ! ぐちぐちと嫌味ったらしくてさぁ! 隠居の身のくせに!」
「雪村様がしっかりなさらないからでしょう。オヤジ様も心配しておられるのですよ」
「ちぇ! やっぱり風間もオヤジの味方かよ!」
拗ねる主に、風間はため息をついて呆れて見せた。
そうすれば、彼はもっと拗ねて、切れて、やる気になるのを知っていた。
「なんだよ! もう良いよ!」
「もう少し一族のことを考えていると思わせれば良いのです。そうすればオヤジ様の文句も減りますよ」
風間の助言に、雪村はふむっと考える。
だが、考えるそぶりをしただけで、実際のところ彼の頭は微塵も回っていないのだが、彼は、「わかった!」と納得した。
「もうちょっと一族について考えてみるわ!」
そう意気込んで部屋を出ようとして、はたと足を止めた。
「そういえばさ、お前なんでペンダントなんてしてんの? それに、それ指輪だろ?」
純粋な疑問に、風間は笑みかけた。
その顔には、僅かに幸せの色が滲む。
「秘密です」
ええ!? と、うるさく驚く主を無視して、風間はデスクの下にある棚の一番上を開いた。そこに緑色の巻物を入れる。
ふと、棚の中の赤い石の指輪が眼に入った。
石は陽光に照らされて、きらりと光る。
風間の心に突如として感傷が湧く。
自嘲の笑みが漏れ、表情は哀しげに歪んだ。
だが、風間は振り切るようにして、巻物を詰め込んだ。
棚に鍵をかけて、笑みを作る。
「さ、行きますよ」
ぶーぶーと文句をたれる雪村を押しやり、風間と雪村は騒々しく部屋を出て行った。
――― ――― ―――
――拝啓、風間様。
いかがお過ごしでしょうか?
私達は日々、すこやかに過ごしております。
あの日、強盗に襲われた折、助けていただいたこと、深く感謝申し上げております。強盗の死体が私どもに化けたときは、大変驚きました。
ですがその後に、入国証を借りたいと言って風間様が頭を下げられたことも、今思い出しても驚きを隠せません。
正直あのときは戸惑いましたが、必ず返すと土下座までした貴方を信じて良かったと思っています。
なにか事情がおありだったのでしょうね。
永国では、例え正当防衛であっても人を殺めれば刑に処されます。
あの後、強盗は何故か本来の姿へ戻り、遺体は発見されてしまったようですが、前科が多くある者達だったようで、警察もあまりやる気を見せません。
どうやら、事件は迷宮入りしそうです。
ですがこの件は一切口外致しませんので、ご安心ください。
命の恩人を裏切るようなことは決して致しません。
返して頂いた入国証と共に、頂いた金品は結様に引き取って頂きました。従者がいるくらいですから、貴方がたは身分のある方々だったのですね。
これからは一切連絡を取らず、赤の他人として生きるようにと、結様から告げられました。
もうすぐ子も産まれるので、ぜひとも顔を見て欲しかったのですが……。残念です。
もっとも、あなた方の住んでいる場所も分からないので、初めからそれも叶いませんが……。
ですが、そうしなければならないのなら、そう致します。
それが、貴方とゆりちゃんのためならば――。
永国獅祖村・晴、貞衣。
敬具。
了。