私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~

 * * *


 美味しい朝食に満足しながら、出立した。
 やっぱり、相変わらず風間さんは、速い。そして今日も変わらず、会話がない。でも目が合えば、微笑み合う。
 そんな感じで今日も歩く。ひたすら歩く。筋肉痛で全身が痛い。でも、歩く。――ある意味、地獄。っていうか地獄?

「はあ……」

 私は密かにため息をついた。
ふてぶてしくなる発言はどこに言ったのやら。自分にうんざりしちゃうわ。
 風間さんじゃなきゃ、例えば毛利さん辺りなら、言い合いでもしながら、進んだに違いないし、アニキだったら、多分速攻でおんぶしてもら――いや、やめよう。
 また吐きかねない。

「ふう……」

 静かにため息をつく。
 いない人のこと言ってもしょうがない。
 それに、大切な人の安否が知りたいって気持ちはわかるし。私だって、みんなが無事なのか気になるもん。
 不意にお母さんの顔が過ぎった。
 お母さんもお父さんも、心配してるだろうな……。私のこと、探し回ってるかも知れない。かなこは元気かな? ……やめよう。
 こんなことを思っても、泣きたくなるだけだ。とりあえず今は、歩かなくちゃ。


 * * *


 日高くなってきた。森の木々の間から、太陽が覗く。前を歩いていた風間さんが、空の様子を見てぴたっと足を止めた。

「ここでお昼にしましょうか」

 良かったぁ。
 私はほっと息をつく。やっと、ご飯にありつける。っていっても、また干し肉だけど。

「そろそろ水が足りないので、私は川や池がないか見てきます。谷中様は、その辺りで休んでいて下さい」

 風間さんは、街道から少し奥の大きな木を指差した。

「わかりました」

 私は頷いてくるりと踵を返す。風間さんが反対側の森へ足を踏み入れる音がした。振り返ると、もうそこには誰もいない。
(本当に、見かけによらず足の速い人だな)
 私はぼんやりとそんなことを思って、指定された木に背中を預けた。樹齢何百年もありそうな大きな木は、辺りを見回すと何本か乱立している。

 さっきまで歩いていた街道に目をやる。
 これまで通ってきた道と同じで、往来はまばら。今は人が通る気配はない。
 街道の幅は案外大きい。たまに見かける荷車を牽いた大きなトカゲみたいなドラゴンが通ってもまだ余裕があるくらいの大きさがある。そのドラゴンは四足竜(しそくりゅう)というらしいんだけど、三メートルくらいの大きさがある。地面はやっぱりコンクリートなどではなく、少し苔むした湿った大地だった。

 小高い森の中だからなのか、水の国だからなのか湿度が高い。おかげで、寒さはさほど感じなかった。

(疲れたな)
 ぼんやりとしていると遠くの方で何かが聴こえたような気がした。

 辺りを見回してみても、人の気配はない。
 鳥の鳴き声は聴こえるけれど、特に気になるような音ではなかった。

「疲れてるんだなぁ」

 私は張っているふくらはぎの筋肉を緩めて、そのままずるずるとその場に座り込む。ふくらはぎを揉みながら、またぼうっとしようと思ったら、今度ははっきりと鳴き声が聴こえた。

「キュウ、キュウ」

(なんの声?)
 辺りを見回す。けど、やっぱり姿は見えない。

「キュウ、キュウ」

 やっぱり聴こえる。
 苦しそうな声だ。

 私は街道の反対側の森に視線をくれた。
 風間さんはまだ来ないみたい。

「どうしよう」

 ここで待つべきだろうか?

「キュウ、キュウ」

 でも、やっぱりなんだか苦しそうな声だ。もしかして、何かの動物がケガをして動けないのかも……。私はもう一度辺りを見回して、

「少し辺りを見て、何もなかったら戻れば良いよね」

 風間さんもまだかかるみたいだし。風間さんが戻る前に戻ってくれば大丈夫だよね。
 だって、すごく気になるんだもん。

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