私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
私達は大通りから少し外れたところを通っていたらしく、わりとすぐに大通りへ戻れた。だから、ロスはそんなにないみたい。
貞衣さんが加わって一気に道のりが楽しくなって、私はうっきうきだった。
晴さんは無口だったけど、貞衣さんとはいっぱいお喋りをして、いつの間にか、熱っぽさもどこかへ吹き飛んでしまったし。
相変わらず、だるさはあるんだけど。
「でも、あたしゆりちゃんに会えてよかったわ」
「え? どうしてですか?」
「この人、無口でしょ。一緒に歩いてると退屈で!」
貞衣さんは、わざと険のある目で晴さんの背中を見る。
「ああ……わかります」
「本当? お連れは随分愛想良さそうだったけど?」
思わす苦笑する。
たしかに、愛想は良いんですけどね。
「そうなんですけど……二人で歩いてると会話がなくって」
貞衣さんにそっと耳打ちした。
「男って、みんなそういうもんなのかねぇ」
「ねえ」
言って、二人で笑い合う。
ああ、楽しい。
女子同士の会話って、超久しぶりな気がする。
「そういえば、貞衣さん達は際弦に何をしに?」
風間さんが振り返りながら、会話に入ってきた。
へえ……知りたいんだ。っていうか、貞衣さんには〝様〟じゃないんだ。
「結婚式さ」
「結婚式!?」
私は思わず眼を見開いた。
もう結婚してるんじゃないの?
「あたし達金もないし、親もいなくてさ。際弦に仕事を紹介してもらったから、引越しがてら結婚式も挙げちゃおうってことなんだ」
「へえ……」
風間さんが相槌を打った。
結婚式を挙げるってことは、今は事実婚ってことなのかな? それとも式を挙げてないだけ?
「永では教会で式を挙げなきゃ正式に結婚してるって言えないでしょ? だけど、村なんかじゃ教会がないところの方が多いから、事実婚の人も多いんだけど、せっかく教会がある町に行くんだから、式挙げようって彼がさ」
貞衣さんが、照れたように笑う。
そうなんだ。そういう事情で……。でも、そっか。結婚式挙げられるんだ。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
なんだか、自分のことのように嬉しい。貞衣さんも幸せそうに微笑む。
「でも、引越しの家具とかはどうしたんですか?」
「四足竜で荷物だけ先に運んでもらったの。人が乗ると、もっと金がかかるから、あたし達は歩きにしたってわけ」
なるほど。節約ね。
風間さんが、感心しそうだわ。と、思って本人を見ると、やっぱり感心したように小さく頷いてた。
不意に貞衣さんが熱くなったのか、長い薄茶色の髪をかき上げた。銀色のチェーンが光って、陽光に反射する。
「ペンダントですか?」
「ああ、これ」
貞衣さんがチェーンを引っ張った。服の中から小さな石が顔を覗かせる。加工されてない歪な形の黄色い石が陽に透ける。
「これは福護石っていうのよ。美章で採れる石なんだけど、知ってる?」
「ああ、はい。知り合いが持ってました」
クロちゃんに貰った石だ。突っ返しちゃったけど、キレイな石だったな。クロちゃんは無事に家に帰れたのかな?
そんなことをふと考えて、気分が落ち込んでしまった。
そもそも私は、帰れるのかな? 功歩国に行けば可能性くらいはある?
お母さん、お父さん、かなこや友達の顔が浮かんだ。
今まで歩くことで必死に考えないようにしてたけど、やっぱり寂しい。会いたいなぁ……。
「……どうかした?」
浮かない私を心配に思ったのか、貞衣さんの顔が曇る。
「いえ、なんにも。ちょっと、知り合いを思い出して」
「その人も美章の人なの?」
その人も?
「晴の祖母さんが、美章の人だったんだって」
「そうなんですか?」
「うん。それで、夫婦になろうって決めたときに貰ったんだ」
「婚約指輪みたいですね」
「こんやく?」
貞衣さんが怪訝な表情をする。
まずい。この世界にはないのかな?
「まあ、夫婦の誓いだからね」
貞衣さんは照れたように言って、晴さんの背中に熱い視線を送った。晴さんの首筋に銀色のチェーン。きっと、おそろいだ。
「そっちは?」
「へ?」
唐突に訊かれて、私はきょとんとしてしまった。そっちって?
「旦那との馴れ初めだよ!」
貞衣さんは軽く私の肩にぶつかった。
……旦那? って、風間さん?
「――いやいや! 私達はそうゆうんじゃ!」
「違うの?」
全力の否定に、貞衣さんは訝しがった。
あ~……思わず否定しちゃった……まずかったかな、これ。
窺い見ると、風間さんは静かにため息をついていた。
あ、やっぱまずかったですか。
「……はい」
「え~? じゃ、なんなの?」
貞衣さんはますます訝しがって首を傾げる。
どうしよう。
知り合いです?
友達です?
っていうか、そもそも風間さんとの関係って、なに?
「……兄妹……かな」
笑顔が引きつる。
それが多分、一番もっともそうなはずだ。哀しいかな、顔面偏差値に違いはあれど。
「ああ、兄妹ね」
貞衣さんは納得するふうに顎に手を当てて、そっと私に近寄った。
(なんだろ?)
「だとしたら、随分過保護なアニキなんだね。ゆりちゃんのアニキって」
「……?」
「だって、さっきゆりちゃんが浮かない顔してたとき、随分と心配そうだったよ?」
……え?
「でも、あれは若干嫉妬みたいなのが入ってる気がしたんだけどなぁ、あたしは。あたしが男友達の心配してたときも晴があんな顔してたからさ」
「まさか! そんなわけないですよ」
「だよね。そうだったら本当に過保護だもんね。ゆりちゃんのアニキ」
そうですよ~! と言って笑う。
……まさか、そんなわけない。
風間さんは誰にでも優しいし、誰にでも気を使うタイプだと思う。その風間さんが私に嫉妬?
……ない。ないわ~。
貞衣さんの勘違いだわ。
「でも、そうだったら嬉しいけどね」
「え?」
ぼそっと呟いた言葉に、貞衣さんが反応した。
私は答えずに、軽く笑う。
その日の歩き旅は、貞衣さんのおかげで終始笑顔で終えた。